【動画】STORY:スプツニ子!(アーティスト) - YouTube
インペリアル・カレッジへ
母親がイギリス人なので、いつも夏には帰ってたんですね。だから、もともとイギリスは身近な国だったんです。進学先としてインペリアル・カレッジを選んだのは、イギリスのなかでも「理系の名門」というイメージがあって、私も数学を学びたかったし、なんといってもロンドンにあったから。アートや音楽やデザインが好きだったので、豊かな文化やシーンがあるロンドンで暮らしてみたかったんです。良かったですね、インペリアル・カレッジで学ぶことができて。そのおかげで今があると思えるくらい、いろんな刺激や影響を受けました。イギリスでは、ノーマルで当たり前のものを見たとき、それをどうやって壊すことができるか、それは本当に当たり前なのか? という発想をするんです。いい意味でひねくれたモノの見方をしながら、考えをアップデートしていく空気がある。それは私の作風にも影響を与えていると思います。
根幹を学び、応用力を身につける
インペリアル・カレッジは、ひたすら難しかったですね。でも、難しいんだけど応用力がつくというか、不思議な頭の使い方をさせられました。イギリスの教育の特徴って、応用力を育てるところにあると思うんです。小手先のスキルや計算力を鍛えるのではなく、数学の根幹にある「考え方」を教えることに力が注がれている。これは数学でもデザインでも同じだと思います。例えば、微分や行列などでも、付け焼き刃で多少の計算はできるかもしれませんが、その大元にある理論をしっかりと身につけるのは、それほど簡単ではありません。そこはある程度、時間をかけて理解するしかない。インペリアル・カレッジの教育は、そういう部分に重点が置かれていた気がします。もちろん、遊びながら卒業できるような大学ではないので、みんな必死に勉強していましたね。それまでの数学観が変わるというか、とても面白い経験でした。
アイデアシート5枚でRCAへ
インペリアル・カレッジ卒業後は、フリーランスのプログラマーとして働いていました。毎日楽しかったんですけど、今の状況に甘んじてちゃいけない、という気持ちが芽生えてきて。それでロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)を受験したんです。でも美大出身じゃないから美術的なスキルは持ってないんですね。私にあるのはアイデアだけ。見せたのもアイデアを書いたA4の紙5枚だけでした。それでいきなり受かっちゃった。後になって先生から「君を合格させたのは一番のギャンブルだった」なんて言われたんですけど(笑)。でもRCAだから、私は受かったと思うんです。彼らは優等生だけじゃなくて、変わったバックグラウンドを持った人も受け入れることで、アートやデザインを活性化しようと考えている。だから私も、数学出身の「変な子枠」で入れてもらえた。スキルじゃなくて考え方、アイデアを重視するというところがイギリスらしいですね。やっぱり懐が広いです。異分子を入れるということに関して。
ラディカルでフラットな場
RCAでの日々は、何から何までラディカルでしたね。表現の仕方も、共有するトピックも、徹底的にラディカルでエッジが効いている。毎日がものすごく刺激的でした。学生と先生の関係も、教わる側/教える側で分かれるんじゃなくて、完全に対等なんですよ。なぜなら、RCAの学生は「いま世界で何が起きているか」を鋭く観察する能力があるし、感性も研ぎ澄まされている。一方で先生は、経験だったり知識だったり、これまで培ってきたセンスやノウハウを持っている。先生たちは、学生の感度や感覚をとてもリスペクトしていて、学生から教わろうとする姿勢があるんです。なので、先生と学生が話すときもフラットで、ともに力を合わせて作品を作っていこう、という意識が共有できる。だからこそRCAの卒業制作展は、ユニークでクリティカルなものとして多くの人から注目されるし、イギリスのアートやデザインの未来を担う存在として認知されているんですよね。
「まず疑ってみる」というスタンス
世の中的に「正しい」と言われていることに対して、イギリス人は「本当かな?」って疑うところから始まるんですね。たぶん、これまでの歴史のなかで、いろんな「正義」が存在してきて、それがさまざまな問題を引き起こしたという記憶があるからだと思うんですけど。だからパンクやロックが文化として根づいている。そのへんは私自身もイギリスゆずりだなって思いますね。「“正義”って何?」「“女性らしさ”って何?」という問いを起点にして動いていく。でもシニカルって、悪いことじゃないと思うんです。懐疑的な人がいることで、物事の方向性が修正されることもあるし。イギリス人の一歩引いたところは、私は好きですね。
スプツニ子!にとって「UK」とは?
UK is... なんでしょうね。ここであんまり褒めちゃうと、私の中のイギリス心が許さない(笑)。そうですね、じゃあ「UK is(傘マーク)」で。Bad weather、Rainy、Cloudy、Gloomy...。「また電車が遅れた…」「バスが来ない!」「タクシーにスルーされた〜」みたいな日常なのに、なぜか住んでしまうロンドン。その魅力ってなんだろうって、いつも思うんですけど。アート、デザイン、音楽のリッチさ。サイエンスもテクノロジーもあって、世界中からいろんな人が集まってくる。それはやっぱり、「何をやってもいいんだ」というラディカルさとも関係があるんじゃないかな。どんな音楽を聞いていても、どんなライフスタイルでも、だれからも文句を言われない。だからロンドンには世界中から人が集まってきて、活気のあるクリエイティブな環境が生まれるんだと私は思うんです。
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Profile:スプツニ子!(すぷつにこ)
アーティスト。1985年、東京都生まれ。ともに数学者のイギリス人の母と日本人の父の間に生まれる。ロンドン大学インペリアル・カレッジ(現 インペリアル・カレッジ・ロンドン)数学科および情報工学科を20歳で卒業。ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)(英国王立芸術学院)デザイン・インタラクション修士課程修了。在学中よりテクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた作品を制作。YouTubeで発表された「グーグルのうた」「生理マシーン、タカシの場合。」などで世界的な注目を浴びる。主な展覧会に「東京アートミーティング トランスフォーメーション」(東京都現代美術館、2010)「Talk to Me」(ニューヨーク近代美術館(MoMA)、2011)「うさぎスマッシュ展」(東京都現代美術館、2013)など。2013年、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教授に着任。2013年11月、自身の半生をつづった初エッセイ本「はみだす力」(宝島社)上梓。