STORY:野村萬斎さん(狂言師) | ブリティッシュ・カウンシル日本創立60周年
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Hiroshi Yoda

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英国留学のきっかけ

1994年から95年にかけての1年間、文化庁の芸術家在外研修制度でイギリスに留学させていただきました。きっかけは、1991年にイギリスで開催された「ジャパン・フェスティバル」です。日本のさまざまな文化をイギリスに紹介する催しの中で『法螺侍(ほらざむらい)』という新作狂言をやらせていただきました。シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち(The Merry Wives of Windsor)』という戯曲を、高橋康也(英文学者)先生が狂言に翻案した作品で、ロンドンとウェールズで公演しました。「シェイクスピア」と「狂言」。いっけん遠そうに見えますが、じつは中世に根ざした劇として共通点が多いんですね。その前に『ハムレット』で主演したこともあり、狂言とシェイクスピアの接点をもっと探ってみたいと思っていました。シェイクスピアという大きな土俵に乗ってみることで、狂言を世界発信できるのではないか、という気持ちもありましたね。伝統を重んじながらも現代性もあわせもった国。シェイクスピアという古典を、現代にどう活かしていくのか。その演出を考え続けてきたイギリスという国に行ってみたい、という思いに駆られたわけです。

中世の演劇としての共通点

現代劇はビジュアル(視覚効果)が演出上も大きな役割を担っていますが、狂言もシェイクスピアも中世の劇なので「映像」という発想がありません。いかに「言葉」だけで想像力を喚起させるか、イマジネーションに訴えるかが重要な時代だったわけです。言葉の叙事的な広がり、台詞のみで構築される詩的な世界。言葉ですべてを表現するというのは、狂言も能もシェイクスピアも同じなんですね。それから、ロンドンのグローブ座と能舞台の両方をご覧になった方は、その形状がとても似ていることに驚かれるのではないかと思います。中央にスクエアな舞台があって、そのまわりに柱があって屋根を支えているという非常にシンプルなつくりになっています。その空間を一種の朗誦法、すなわち台詞を中心にした方法で満たしていく。演者が夜だと言えば夜になるし、「夜が明けた」と言えば朝になる。言葉のイマジネーションで世界を形づくり、演者の声と肉体を駆使して展開する。そういう基本的な部分は同じなんです。

その国を「鏡」にすること

イギリスで狂言のワークショップをする際、例えば構える時に「腰を入れる」ことを説明するのが難しかったりするんですね。日本人だと感覚的に重心を下げることだと分かりますが、これがなかなか伝わらない。そうすると「腰を入れる」とはどういうことか、あらためて自分の中で反芻(はんすう)して咀嚼(そしゃく)しなおして英語に翻訳しなければなりません。そうしてはじめて「Feel the gravity(重力を感じて)」とか、じゃあ重力をどこに感じるのかということになるので「Concentrate on your centre(身体の中心に集中しなさい)」のような説明が生まれるわけです。留学中は、そうやって日本人にとってはあたり前のことを、ひとつずつ自分の中で確認していく体験が多かったですね。イギリスを「鏡」にして自分自身を問いなおす。そのあたりに国際交流の面白みや、留学する醍醐味があるような気がします。

「狂言 × シェイクスピア」から生まれるもの

2001年にふたたび「ジャパン2001」に参加して『まちがいの狂言(The KYOGEN of Errors)』をやらせていただきました。シェイクスピアの『間違いの喜劇(The Comedy of Errors)』を高橋先生が翻案した作品で、狂言の様式をほぼそのまま用いて演じるというスタイルでした。2組の双子が入れ違うややこしい話を、狂言の手法である「面」を使って演出したんですね。イギリスの方にはできないやり方ですが、『The Comedy of Errors』の本質的なところをきちんと捉えられたのではないか、という自負があります。ロンドンのグローブ座で公演したことも含め、僕の中では貴重な思い出になっています。ちなみに、このとき作った「ややこしや  ややこしや」という謡(うた)は、いまテレビを通じて日本中の子どもに親しまれています。狂言とシェイクスピアが出会うことで生まれたフレーズを、日本の子どもたちが口ずさむ。そんな楽しい現象が起きているわけですね。

芸術を社会に役立てる、という発想

留学中、ワークショップを主催したり参加したりして感じたのは、イギリスには演劇や芸術の社会貢献という概念がしっかりと根ざしているということでした。日本にいると、どうしても狂言のための技術だけを考えてしまいがちですが、イギリスの役者は「自分の舞台技術は社会の役に立つはずだ」という風に考えている。日本だとお稽古ごとという感覚が強くて、もちろんそれはそれでいいのですが、興味のある方だけに限られてしまう。でもワークショップでは、狂言への興味の有り無しにかかわらず、「狂言が広く社会に対してできることは何か」を考えることにつながります。参加する人と主催する側、双方に自己啓発を促すわけですね。芸術と社会の関わり方を考えるうえで、イギリスはずいぶんと先進国なんだなあと思いました。

野村萬斎にとって「UK」とは?

「Unique」という言葉にまとめられると思います。伝統と現在が極端に混在しているところが非常にユニークだと思いますね。伝統が息づく国であると同時に、パンクの発祥の地でもある。逆に伝統があるから崩しもあるということなのでしょうけれど。僕が留学先にイギリスを選んだ理由も、その両極性に惹かれたからです。狂言はユネスコの無形文化遺産にも登録されていますが、狂言が現代まで綿々と培ってきた知恵には600年にわたって人間が思考してきた跡がある。そのことは、もっとみんなで共有してもいいと思いますね。そのきっかけとして、シェイクスピアをお借りして、われわれ能狂言のやり方で演じることで、何か新しい分野が立ち上がるかもしれない。そういうやり取りを重ねながら文化交流を深めていくこともできるはずです。けっして現代だけが交流のポイントではなくて、過去や伝統といったいろんな引き出しを使って世界中が交わっていく。そんな活動をこれからも続けていきたいなと考えています。

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Profile:野村萬斎(のむら・まんさい)

狂言師。重要無形文化財総合指定者。「狂言ござる乃座」主宰。祖父・故六世野村万蔵及び父・野村万作に師事。3歳で初舞台後、国内外で多数の狂言・能公演に参加、狂言の普及に貢献。現代劇や映像作品への出演、古典の技法を駆使した舞台作品の演出など幅広く活躍。シェイクスピア原作の舞台「まちがいの狂言」「国盗人」「マクベス」で自ら演出も手がけている。1994年、文化庁芸術家在外研修制度により渡英。1年間にわたり英国留学を経験する。2002年より世田谷パブリックシアター芸術監督。

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