Image: Prudence Cuming Associates Ltd © British Council
英国と諸外国との文化交流を促進するために1934年に創設されたブリティッシュ・カウンシル。教育や芸術を通じたさまざまな国際文化交流活動を行っているが、そのユニークな点が、英国最大級の近現代美術コレクションもを抱えること。専用の展示施設こそないものの、収蔵品の数は約9,000点にものぼり、その多くが常時英国外で展示され、「壁のない美術館(Museum Without Walls)」として機能している。日本で初めてブリティッシュ・カウンシル・コレクションを大規模に紹介する展覧会「プライベート・ユートピア ここだけの場所」を目前に、ロンドン本部に在籍するキュレーターのエマ・ジフォード=ミードに話を聞いてみた。
――まず、コレクションの設立の経緯から教えてください。
海外における英国美術の理解を深めるために、組織創設翌年の1935年に設立されました。事業家のウェイクフィールド卿から提供された3,000ポンドを資金に紙ベースの作品を購入したのが始まりです。今では絵画、彫刻から映像、インスタレーションまで幅広い作品が収蔵されていますが、創設当初は低コストで額装ができ、海外に送りやすいプリントとドローイングのみを収集していました。
――どんな作品がありますか?
コレクション内で一番古いのが19世紀末期に描かれたウォルター・シッカートの油彩になりますが、それ以外はすべて20世紀以降の作品になります。全部で1,650名ほどいるなか、主だった作家がヘンリー・ムーア、バーバラ・ヘップワース、ルシアン・フロイド、エドゥアルド・パオロッツィ、デイヴィッド・ホックニーなどで、YBA世代もデミアン・ハースト、サラ・ルーカス、トレイシー・エミンなどがあります。作品数が一番多いのがムーアで400点以上、パオロッツィも200点以上ありますが、コレクションの目的が英国美術の全体像を押さえることにあるため、それ以外の作家の作品数は控えめです。けれどもなかにはジェレミー・デラーとアラン・ケインが2005年にバービカンで企画した「Folk Archive」展のように、展覧会を丸ごと購入した例もあれば、今回日本で展示されるエド・ホールのバナーのように、ブリティッシュ・カウンシルが委託をした作品もあります。
――購入の際、どんな点にこだわっていますか?
ずっと守ってきたのが、美術家のキャリアの早い段階で買うというポリシーです。これには若手支援の意図もありますが、若い頃の作品は大概安く、払った額に対する対価が大きいので購入のしがいがあります。もちろんリスクもありますが、常に優秀なアドバイザーたちに恵まれてきたお陰で、私たちのコレクションには今では購入不可能な貴重な作品がたくさんあります。そのひとつが、現在1,800万ポンド(約30億円、レート現在)くらいするといわれるフロイドの《Girl With Roses》(1947-48)で、1948年にわずか157ポンド(約2万7千円)で購入しています。ハーストのスポット・ペインティングも早い時期に収蔵できて幸運でした。
――作家が著名になった後に買うこともありますか?
ありますが、予算内に収まればの話ですね。ここ数年は予算が削減され、新規の購入が難しい時期がありました。でも幸運なことに昨年、私たちの組織内でのブリティッシュ・カウンシル・コレクションへの投資額が大幅に引き上げられ、購入を再開できるようになりました。中堅にも手を出せるようになり、日本の展示用にルーカスの立体《Nud Cycladic 12》(2010)などを購入しています。
―― 収蔵作家は英国人のみですか?
英国の近現代美術を集めたものなので、作家や作品に英国的な要素はもちろん求められますが、何をもって「英国」とするかは、今のグローバル社会の状況を反映して柔軟にとらえるようにしています。つまり、単に国籍だけでくくるのではなく、ここで学んだりキャリアを築いた人たちも英国の美術家として受け入れるように。ヴォルフガング・ティルマンスやトマ・アブツなどがその良い例になります。
――ブリティッシュ・カウンシルの展示活動の対象地域は海外のみですか?
英国には政府系の文化推進団体が大きく分けてふたつあり、私たちブリティッシュ・カウンシルが国外を担当し、アーツ・カウンシルという別の組織が国内を担当し、それぞれが独自のコレクションを持っています。両方のコレクションから作品を集めて2012年にブラジルで開催した写真展「Observers」や、共同資金で購入したグレイソン・ペリーのタペストリー6点など、最近はアーツ・カウンシルとの共同プロジェクトが増えていますが、私たちの担当領域は国外になります。
――作品はどこに保管しているのですか?
ロンドン西部の倉庫内にありますが、常時あるのはコレクションの半分以下です。常に展示率50%以上を目指しているので、約9,000点あるうち半数以上が世界各国の展覧会の会場か、世界100以上の国と地域にあるブリティッシュ・カウンシルのオフィス内で展示されています。作品が世界中に点在しているのでその動きを管理するだけでも大仕事ですが、他の美術展に作品を貸し出したり、逆に私たちの展示用に作品を借りたりもしています。そのひとつが、今回日本で展示するエリザベス・プライスの2012年のターナー賞受賞作、《The Woolworths Choir of 1979》になります。
――専用の展示施設こそありませんが、仕事の内容は美術館と変わらないようですね。
私たちの自慢のひとつが、世界の美術機関とのパートナーシップづくりで、各オフィスがフィードバックしてくれるこれらの機関に関する情報が展示成功に欠かせない貴重なリソースになっています。3年前に中国で、1980年以降の英国の現代美術を集めたコレクション展「Made in Britain」を開いたのですが、これが大きな成功をおさめその後にギリシャとアルバニアに巡回したように、ひとつの企画が世界各地を巡る場合もあります。日本の「プライベート・ユートピア」展ももしかしたらそうなるかもしれません。ターナー賞のノミネート・受賞者が28名中17名も占める英国国内でも前例のない展示なので。
取材・文:伊東豊子