楽曲《Koi No Yokan》ができるまで
英国で活躍する障害のあるアーティストと作品を紹介するシリーズ、「#CultureConnectsUs UK Disabled Artist Showcase」。
今回紹介する楽曲《恋の予感》の制作者・クリス・ハルピン(Dyskinetic)は、英国に拠点を置くシンガーソングライター。パフォーマーとしても精力的に活動しています。
幼い頃から日本や日本の文化に興味を持ってきたハルピン氏。2019年、ついに日本を訪れることになります。《Koi No Yokan》は、その時の体験をもとに作曲されました。このメロディアスなエレクトロ音楽と瞑想的なステージパフォーマンスは、果たしてどのようにしてできあがったのでしょうか。
日本での体験をコンセプトに込めて
ハルピン氏は幼少期より音楽に親しんでいましたが、生まれた時から脳性麻痺があり、次第にピアノの演奏が困難になりました。ただし、繰り返しの多い短いテーマであればかろうじて弾くことができました。
「1996年から悩みを抱えていましたが、そんなとき耳を捉えて離さなかったのが坂本龍一の音楽、とりわけ《戦場のメリークリスマス》でした。自分でも何度も演奏しました」
《Koi No Yokan》にもその時の想いが反映されているというハルピン氏。楽曲タイトルは、待ちに待った来日に備え渡航準備をしていたときの心境をそのまま表しているといいます。
「来日を前に、とてもワクワクしていました。自分の心が響く場所に今まさに向かおうとする感覚——大きな期待の一方で、自分の想像通りにはいかないのではないかという不安もありました。しかし、実際の日本は、私の想像をはるかに超えるものでした」
2019年、川崎市とブリティッシュ・カウンシルの招聘で来日したハルピン氏は、滞在中、日本の音楽家やテクノロジー関係者に制作中の楽曲を披露しました。そこでの人々との交流に強い感銘を受けました。
「日本のオーディエンスに触れ、私がやろうとしていることが初めて理解されたと感じました。つまり、私の演奏をテクノロジーを使ったデモンストレーションではなく、アート作品として真剣に捉えてもらえたという実感がありました。これには本当に感謝しています」
ウェアラブル電子楽器「Mi.Mu gloves」の可能性
この楽曲でハルピン氏が使用しているのは、著名なエレクトロニック・ミュージシャンであるイモージェン・ヒープが開発したウェアラブル電子楽器「Mi.Mu gloves」です。グローブのように両手に装着し、ジェスチャーコントロールによって自在に音を奏でることができます。
「私はギタリストですが、脳性麻痺のため、2016年頃からギター演奏にも影響が出ていました。そこで私は、ロンドンのアーティスト支援団体に連絡を取りました。検討を重ねた結果、彼らが提案してくれたのがMi.Mu glovesです。そして、それが私の人生を大きく変えることになります」
その団体とは英国で活動するドレイク・ミュージック。障害のあるなしに関わらず、すべての人が音楽に親しみ、創造性を発揮できることを目指しています。「Mi.Mu gloves」に出会った当初、ハルピン氏はこの電子楽器を使ってどのように自分の求める音楽を再現するかということばかりを考えたそうです。
しかし、ステージでの演奏を繰り返すにつれ、新たな関心が生まれていきます。それはこのグローブで演奏する際の「手の動き」についてでした。ただ音を鳴らすためではなく、表現の一部としてこの動きを捉えられないか――。
「テクノロジーを前にしたとき、人はこれを使ってなにができるか、なにが容易になるかということに注意を向けがちです。しかし実際には、その可能性に幅広いグラデーションがあります。Mi.Mu glovesの場合も同様です。音が出るか、出ないかだけではありません」
こうして、ハルピン氏にとって「Mi.Mu gloves」は演奏時の空間(ステージ)の捉え方やオーディエンスとの関わり方まで、音楽の持つ豊かな可能性を再考させるきっかけにもなりました。
見えない音符を表現する
グローブ型電子楽器の演奏は、ギターの弦やピアノの鍵盤を叩く行為とは大きく異なります。
「Mi.Mu glovesの場合、音符は目に見えませんがデータとして存在しています。演奏家にはこれから演奏されるその音を視覚的に確認することはできません。すべての音が抽象的な空間の中にあるのです」
Mi.Mu glovesにおいて演奏者に与えられたのは、楽器が身体の一部になったかのようなウェアラブル楽器特有の感覚。演奏者としてこの手の動きを追求することが、新たな表現に繋がっていくとハルピン氏は確信します。
「来日時にテクノポップユニット Perfumeのミュージックビデオを観て、強い関心を持ちました。彼女たちのダンスは派手なステップではなく、手を動かすジェスチャーだったからです!」
演奏をする手や体の動き一つひとつがストーリーを伝える表現手段になりうるのではないか。Perfumeのダンスは、自分の演奏がパフォーマンスとしてどう映るのかを考えるきっかけになりました。
ギターヒーローに憧れて
「ロックギタリストになりたいという気持ちと、本格的な作曲家になりたいという二つの願望を持ち続けてきました。しかし、そのバランスを見つけることは非常に難しいことでした」
幼少時からクラシック音楽が身近にある環境で育った一方、ロックギターにも強い影響を受けてきました。なかでも彼を魅了したのが80年代から90年代に活躍したエレキギタリスト、スティーヴ・ヴァイです。「彼のステージパフォーマンスは、圧巻です。その名人芸といったら!」。このヒーローへの憧憬も、時を経て、ハルピン氏のMi.Mu gloves演奏へと結実します。
「Mi.Mu glovesのおかげで楽器の演奏をする必要がなくなり、その分ステージパフォーマンスに集中することができます」
観客とのコミュニケーションそしてジェスチャーによる表現を加えることで世界観が広がり、新たな挑戦が可能になりました。
アーティストからのメッセージ———
川崎では本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。そして、日本のオーディエンスとつながりたいという私の希望もかないました。みなさんは私にとって、とても重要な存在です。いずれパンデミックが終わりまた皆さんにお会いできるのを心待ちにしています!
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