2019年12月8日・9日の二日間にわたり、英語教育と評価に関する国際的な学術会議・第7回New Directions 2019が横浜市で開催されました。「大学入試英語成績提供システム」導入延期の発表直後ということもあり、英語教育や試験について活発な意見交換や建設的な議論が行われました。
二日間にわたる会議の中で最も啓発的なセッションの一つは、教育政策における言語評価についてのパネルディスカッションでした。議長を務めたブリティッシュ・カウンシル、バリー・オサリヴァン教授は4名のパネリストの意見を自由闊達に引き出し、聴衆からの様々な質問にも応えて活発な議論を展開しました。ディスカッションは今回のテーマ「Realising Potential: Policy, Engagement and Impact」に関連する重要な課題に照準を合わせたものとなりました。
学習に対する試験の影響について
大学入試に英語4技能試験の導入を決定した主な目的の1つは教育改革を推進することですが、上智大学の渡部良典教授は、この目的のために試験に過度に依存することには注意が必要であると警鐘を鳴らしました。渡部教授は、入試などのハイステークステストは実用性、公平性、非常に高い信頼性が求められるため、それがテストで測る内容に影響する可能性があり、試験が及ぼすプラスの影響には限界があると指摘しました。一方、名古屋外国語大学の太田光春教授は、既存の試験の一部は、英語を使える力よりも忍耐強く暗記する力や知識量の評価に集中し過ぎているので、英語でのコミュニケーション能力について生徒の力を確認していくためには、4技能試験への移行は必要であると述べました。
オサリヴァン教授は、過去の教育改革があまり効果を上げられなかった理由の1つは、試験自体が変わらなかったことであると指摘しました。試験だけでは制度を変える事はできないものの、試験が新しい教育政策の目指す英語力を評価するものに変わらなければ、制度も変わることはありません。試験の改革は当然必要ですが、教育改革全体を推し進めるには、それだけでは不十分です。
他の重要なポイントは?
ブリティッシュ・カウンシルの英語教育支援活動のグローバル責任者、マイケル・コノリーは、成功するプログラムは国レベルではなく地方自治体レベルで見受けられる傾向があると述べました。スペイン、マドリードでのバイリンガル教育の例を挙げ、成功の理由の1つは、評価と並行してカリキュラムと教員研修とを扱う包括的なアプローチがあったことを指摘。さらに、このプログラムには、(生徒の成果を含め)現場にどのような変化が起きているかについての研究、観察、評価も含まれています。オサリバン教授は、これには政策立案者の果敢な取り組みが必要とされることであり、だからこそ、より小さな地域レベルにおいて効果を発揮するのではないかと意見を述べました。
また、メルボルン大学のジョセフ・ロ・ビアンコ教授は、教育は生徒の学習意欲にあまり焦点を合わせていないことが多いと指摘しました。生徒が勉学に成功するには、能力(Capacity)、機会(Opportunity)、および動機づけ(Desire)(COD)が必要です。動機づけは実践するのが最も難しい点ですが、変化をもたらすための最大のポイントと考えられます。
政策に与える影響
ロ・ビアンコ教授は、政策立案について、政策立案者、教育専門家、地域社会の間での対話として捉えることを奨励しました。政策を形成するにあたり、皆がどのように積極的に関与すればよいかを理解することが「政策リテラシー」に繋がります。政策についての話し合いは、全員の声が届けられてこそ最適に機能するためです。「アセスメントリテラシー」(学習目標・指導と評価を適切に連動させることができる力)の概念については十分に確立されていますが、本パネルディスカッションの出席者の大半にとって「政策リテラシー」は新しい概念でした。言語評価の専門家は政策立案者が評価をより良く理解するようにと望んでいますが、ロ・ビアンコ教授は、専門家が政策に影響を及ぼしたいのなら、政策形成についてさらに理解するよう提言しました。
ベトナムの国家外国語プロジェクトのディレクター、フー・ングイェン氏は、2018年に新しいカリキュラムを開始したベトナムでの政策について、対話の例を披露しました。まず政府が課題を特定し、現状を調べるためのベースライン調査を実施、それから専門家を招待して調査結果から得られたデータを分析し、可能な政策に向けたソリューションを提案します。その後、その政策を試験的に運用し、問題があれば対処できるように関係者の意見を求めたそうです。新たな政策が実施に至るまでには、誰もが話し合いに寄与する機会があり、トップダウンとボトムアップの両方のプロセスが意思決定にどのように役立つかを示す良い例として紹介されました。
まとめ
オサリヴァン教授は、時間、コミュニケーション、社会的文脈、という3つのテーマを強調して議論を締めくくりました。 「十分な時間をかけることなく行動し、人々とコミュニケーションをとらず、社会的文脈を考慮していなければ、何もうまくいきません」
今後日本においては、2024年度からの英語4技能評価導入に向けて議論が始まります。