木工のネズミの目をいれる作業をしている人
伊勢一刀彫の職人、岸川行輝さんの指導のもと、来年の干支ネズミに目を入れる作業にアーティストたちも挑戦しました。 ©

 Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

英国アーティストたちが出合った伊勢の伝統文化とものづくり

山と海と森に恵まれ、かつ伊勢神宮の鳥居前町である伊勢には、昔から多くの文化が育まれてきました。英国のアーティストたちは、伊勢の伝統工芸品として知られる伊勢和紙、伊勢の神棚、伊勢一刀彫、伊勢根付の制作現場を見学し、また海女文化に触れ、古い街並みを残す河崎地区を訪れ、伊勢の文化を現代に受け継ぐ人々と交流しました。

伊勢の伝統的なものづくり

伊勢の木彫の工芸品は、伊勢神宮の遷宮で出た廃材や端材を使って、宮大工たちが空いた時間につくり始めた木彫がきっかけといわれています。伊勢神宮の神殿の建築様式を忠実に模した、伊勢でしかつくられない茅葺きの神棚は、職人により丁寧につくられています。また伊勢一刀彫は、彩色や磨きをかけず、木目や刀痕を残した、素朴で力強い彫りが特徴です。現在は神鶏や蛙、その年の干支などが縁起物として人気を博しています。

根付は“手のひらに収まる小さな芸術品”といわれ、印籠や煙草入れの留め具として用いられましたが、江戸時代後期には“粋”の文化を表すアイテムとして、旦那衆の間で広く愛用されました。現在は美術品として特に海外で人気が高く、蒐集家の間で高く評価されています。地元の朝熊山産の黄楊の木を使った伊勢根付は、江戸時代にお伊勢参りのお土産として大人気だったそうです。

伊勢の工芸品の多くは伊勢神宮とともに育まれてきました。伊勢和紙は神宮の御用紙として神宮大麻(神礼)やお守り、暦などに用いられています。伊勢和紙には用途に応じて透かしが漉き込まれています。最近ではインクジェットプリンタ用の和紙など、さまざまな大きさや表情の伊勢和紙を開発して用途を広げているそうです。

江戸時代から続く伊勢の伝統工芸ですが、やはり時代の価値観の変化や後継者不足という問題があります。神宮が20年に1度新しく蘇るように、伝統文化もその時代の価値を見出されることで、生きた文化として後世へ受け継がれていきます。今回出会った職人たちは、伝統をいまの生活に活かそうと取り組み、後継者の育成にも力を入れていたのが印象的でした。

立って話をする二人の女性
神棚や神具を製造する宮忠さんの工場を訪問。檜と杉の香りに神宮の記憶が呼び覚まされ、香りと場所の意外な結びつきを発見しました。 ©

Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

手漉きで和紙を作っている様子を見学している人々
伊勢で100年以上神宮御用紙を奉製し、現在唯一の伊勢和紙メーカーである大豐和紙工業さんで、手漉きと機械の和紙の製造を見学しました。 ©

Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

根付彫刻の鼠
伊勢根付彫刻館の館長も務める根付職人、中川忠峰さんのアトリエを訪問しました。精緻な技に職人の遊び心を加えた中川さんの根付は、国内外で高い評価を受けています。 ©

 Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

様々な写真を見る人々
日本の海女発祥の地といわれる鳥羽の国崎を訪問し、現役の海女さんたちと交流しました。昨年韓国の済州島で滞在制作を行ったジェーン・アンド・ルイーズ・ウィルソンは、海女文化がつなぐ日本と韓国の絆を発見しました。 ©

Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

アトリエで話をする3人
江戸時代から問屋街として栄えた河崎は商人街の面影を残す町家や蔵を活かしたアトリエやショップが立ち並ぶレトロな街。この街でデザイン性の高いショップを営む画家でデザイナーの中谷武司さんと橋本ゆきさんのアトリエを訪問しました。 ©

Ise City, British Council Photo by Hakubun Sakamoto

日本の文化はアーティストたちにどう映った?

さまざまな文化や人との出会いを経験した伊勢での2週間。異なる表現分野の7人のアーティストがともに過ごしたことも、いい刺激となったようです。来日当初は、言葉で理解しようとしていたアーティストたちも、さまざまな日本文化に触れるうちに、次第に「感じる」ことにも慣れていきました。本やインターネットでは決して得られない、こうした機会の重要性を、アーティストたちは次のように振り返ります。

グレース・ボイルは、世の中がデジタルでバーチャルな世界に没入し、また政治の二極化が進む時代に、国境や文化を超えたつながりを構築することはますます大切になると語りました。

シーズン・バトラーは、自分の文化やコミュニティを新たな視点から見直し、当たり前だと思っていた考え方を、批評的な眼差しであらためて眺めてみるチャンスと捉えました。

アーティスト・イン・レジデンスは単なる旅行ではなく、目的意識を持って、すぐに答えが見つからなくてもグローバルな課題にともに学び向き合う姿勢が大切だというマシュー・ロジアの言葉もありました。

そして、「ここでの日々は簡単に忘れることは誰にもできないでしょう。自国に帰っても、何度もここでの体験を思い出し、あれはいったい何だったのだろう、と考えることでしょう」というニコル・ビビアン・ワトソンの言葉には、まさに言葉にできない伊勢での深い体験が凝縮しているようでした。

(取材・テキスト:坂口千秋 編集:榎本市子)

本サイト内の関連ページ