座談会での4人の人々の様子
湯谷紘介/建築家(写真右)。「湯谷建築設計」として妻・湯谷麻衣(右から二人目)とともに住宅設計や店舗の設計を手がける。スイスで建築を学び、そのまちの環境に合った素材とローカルな技術を使った建築設計に惹かれる。 ©

Ise City, British Council Photo by Shoki Sakamoto

英国と伊勢、アーティストたちの交流

伊勢での滞在中、英国アーティストたちは各地を訪れ、積極的に地元の人々と交流を図りました。特にアーティストたちの強い希望から、伊勢に生まれ育ったアーティストたちとの意見交換会が行われました。二つの質問を軸に、当日のセッションを振り返ります。

伊勢のアーティストは日本の現状と未来をどう見ている?

今、世界的に気候変動が大きなトピックとなり、加速する少子高齢化社会も日英共通の課題です。そうした時代に表現者は何を考え、どのように行動しているのか。また伊勢神宮の哲学はどのように影響を与えているか。そうした背景を受けて、日本の現状と未来についての質問が伊勢の作家たちへ投げかけられました。

伊勢神宮や伊勢の祭りを30年以上撮り続ける写真家の阪本博文さんは、撮影を通して、地方の高齢化と人口減少の問題がまちの姿を変えてきていることを実感しています。被写体を忠実に記録しようとする阪本さんの写真は、そうした状況への批評の意味合いもあります。

書家の伊藤潤一さんは、地方の人口減少に加えて都市への人口集中が文化の均質化を進めていると指摘しました。土地の文化を肌で感じるために、その土地へ赴いて制作するという独自のスタイルを貫いています。

若者の問題について言及したのは、ダンサーの北村雅さん。日頃子どもたちに接する経験から、「ダンスにくる若い子たちは携帯電話でしか会話をしていない」とコミュニケーションの問題を取り上げ、ダンスを通して心の通った対話を広げたいと語りました。さらに高齢者の孤独の問題にも触れ、現在企画中の高齢者とのファッションショーで高齢者を元気にしたいとも話していました。

音楽家の長岡成貢さんは、日本の若者が世界に関心がなく内向きであることの危険性を指摘しました。国を越えた個人のネットワークを構築する必要性を強調し、その一例として、自身が30年以上取り組んできた、邦楽、雅楽、クラシック、ポピュラー界の音楽家やダンサーと日本の心を世界に発信する『ひめみこプロジェクト』を紹介しました。アートや音楽には政治とは違うところで世界を結んでいける可能性があるとの発言に、一同頷きます。

スイスで建築を学んだ経験を持つ建築家の湯谷紘介さんは、木造建築の職人を取り巻く問題を取り上げました。図面をもとに工場で木材の切断や加工を行う“プレカット”は、現代の木造建築の主流ですが、その一方で“手刻み”と呼ばれる従来の方法で家を建てる大工さんが減ってきています。20年に一度の式年遷宮の目的のひとつが技術の伝承と言われるように、技術は使わないと途絶えてしまう。自分たち若い世代から警鐘を鳴らす必要性があると主張しました。建築的視点から神宮の設計を眺めると、先人たちから学ぶものがまだたくさんあることがわかります。

「20年に一度の式年遷宮がひとつの節目になっている」。伊勢や神宮に関する書籍を執筆する文筆家の千種清美さんは、伊勢特有の時間のスパンに言及しました。毎回遷宮のたびに象徴的なキーワードというものが選ばれ、1993年は“生成り文化”、2013年は“常若”でした。多様性が重視されるようになった世の中で、次のキーワードが何かを考えることに、その時代性が表れると語りました。

冊子を持ち、座って話をする人
阪本博文/写真家。伊勢市に住み、伊勢神宮をはじめ伊勢地域の祭りや鳥羽、志摩の海女を30年近く撮影している。記録を重視し忠実に撮ることを心がけている。写真集に『伊勢神宮』などがある。 ©

 Ise City, British Council Photo by Shoki Sakamoto

マイクを持ち、座って話をする人
長岡成貢/伊勢出身、東京在住。作曲家・編曲家・音楽プロデューサーとして映画やドラマ、アニメの音楽制作を手がける。 ©

Ise City, British Council Photo by Shoki Sakamoto

マイクを持ち、座って話をする人
北村雅/ポップダンサーとして活躍する傍ら高校ダンス部の顧問を務め、子どもたちと一緒に全国大会優勝を果たした。ダンスを通して人々が豊かになってほしいと考えている。 ©

 Ise City, British Council Photo by Shoki Sakamoto

マイクを持ち、座って話をする人
伊藤潤一/書家、アーティスト。独学で書を学び、カタチに捉われないスタイルで活動を展開。ライブパフォーマンス、他ジャンルとのコラボレーション、デザインワーク、また寺社仏閣への奉納などの活動を通して、日本文化と思想を世界へ発信している。 ©

Ise City, British Council Photo by Shoki Sakamoto

マイクを持ち、座って話をする人
千種清美/文筆家。「伊勢学」のエキスパートとして、伊勢神宮の歴史に関する本を多数出版し、大学で講師も務める。 ©

Ise City, British Council Photo by Shoki Sakamoto

日本ではなぜ見えないものを感じることができるのか?

伊勢神宮で英国アーティストたちは不思議な言説を耳にしました。神様への贈り物は箱に入ったまま中を開けない。お守りの中を見てはいけない。また御神体も誰も見ることができない。なぜ?見えないものを尊ぶ性質が日本人にはあるのでしょうか?後半の“見えない神、隠された神という存在”についての意見交換では、わからないもの、見えないものに対するお互いの文化の違いが浮き彫りになりました。

伊勢に生まれ育った者にとって、神様は見るものではなく“ある”ものです。その感じをどう言葉で説明できるだろうかと、みんな一生懸命言葉を探しました。

「神は見えないけど常にそばにいてくれるもの」という北村さんは、幼い頃、神様に手紙を書いたという微笑ましいエピソードを話してくれました。

阪本さんは宇宙を例に出し、「なぜ宇宙ができたのか知ろうとするのは人間の心情だが、宇宙が存在していることを受け入れる感性が大切」と語りました。それに対して英国アーティストから、「あるがままを受け入れることが心の平穏につながるのですか?」と鋭い質問が出て、日本人が普段意識しない思考のロジックが明かされていきました。

すべてに答えを求めようとしないことは、余韻や余白を重んじる日本文化にも通じていきます。長岡さんは作曲家・武満徹の『目に見えないけれど、たち現れるものを音楽で表現する』という言葉を引用して、“気配”は自身の音楽でも大切にしていると説明しました。

「見えないものにこそ意識を傾けるように育ってきたところがあります」という伊藤さんも、気配をかたちにしようとするひとりです。

また、見てはいけないというタブーは宗教の取り決めごとではなく、生活のなかで親から子へ受け継がれてきたものという発言は「神道の神は“religion”ではなく“faith”である」と語った神社本庁の岩橋さんの神道文化の講義を思い出させました。

「土地によって信仰の対象が山であったり海であったりと、大切なものが違うので八百万も神が存在するのではないか」という湯谷さんの発言もありました。住宅建設でも、最近は地鎮祭を執り行わない現場が増えていて、特に東京など大都会の若い施主に多いそうです。結婚して伊勢に来た湯谷さんのパートナーの麻衣さんは、伊勢で初めて地鎮祭を知り、失われつつある文化が伊勢にはまだしっかり残っているので守っていきたいと語りました。

最後に、西行法師が伊勢神宮をお参りしたときに詠んだ句を千種さんが披露しました。800年前の句の中に、現代の日本人の心のルーツが読み取れるでしょうか。

なにごとの おわしますかは しらねども かたじけなさに 涙こぼるる
(どなた様がいらっしゃるかはわかりませんが、ただありがたさに涙がこぼれますよ)

このセッションを通じて、英国アーティストたちは神宮の哲学と現代の接点を探ることができました。また日本のアーティストたちにとっても自国の文化をあらためて振り返る機会となりました。ここでの出会いがもたらしたものは、それぞれの創作に生かされていくことでしょう。

(取材・テキスト:坂口千秋 編集:榎本市子)

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