2019年8月16日(金)、川崎にてフォーラム『孤立や生きづらさへのアプローチ:日本と英国の文化芸術の実践から』(主催:ブリティッシュ・カウンシル、川崎市)が開催されました。精神科医の斎藤環さんや、詩人の上田假奈代さんなど、国内外から「孤立」と「アート」に取り組む実践者が集まったこのシンポジウム、いったいなぜ「孤立」に「表現」が有効なのでしょうか?イベントの内容をレポートします。 |
「人前で表現するだけで、自分自身を肯定的に受け入れられるようになる」
斎藤:ひきこもりの出口は、就労や就学ではありません。「自分自身を肯定的に受け入れる」ようになることです。アートによるひきこもり支援は、この部分において有効性があると思います。アートはひきこもりの方のアジール(避難所 / 聖域)になれるのです。
ひきこもりの当事者たちと長年、現場で関わってきた精神科医・斎藤環は、熱気に満ちた会場に向かって、さらに言葉を紡いでいく。
斎藤:精神科医のジークムント・フロイト(1856〜1939年)が発見したことは、自分の無意識にある欲望や葛藤を言葉に置き換えると、(精神面での)症状が軽くなるということ。それは言葉以外でもよくて、不得手な人は絵や歌でもいい。内面にある葛藤や欲望を表現して、自分の感情をパブリックに共有する。自分には表現すべき内面が何もないと思っている人は、「他者の表現への反応として表現する」という手もあります。いわゆる二次創作ですね。そうして表現することで、自らの葛藤や内面に気づくこともあるでしょう。つまり言語による表現とアートは、非常に近いものがあるのです。
「孤立や生きづらさは、誰にとっても無縁の問題ではない」
日本社会でも雇用情勢の悪化などにともない、「孤立」や「生きづらさ」といった問題が議論されるようになって久しい。
他方、英国でも2018年、「孤独担当相(Minister for Loneliness)」が新設されるなど、社会的背景は異なりながらも、同様の問題に対処すべく試行錯誤が続いている。
そしてその双方で、医療や福祉のみならず、文化芸術を用いた分野横断的な取り組みが進められているのだ。
重要なのは、「孤立」も「生きづらさ」も、誰にとっても無縁の問題ではない、ということだ。
ゲストとして招かれた斎藤が、「ひきこもっている人は、たまたま困難な状況にあるまともな人」だと言うように、私たちの日々の生と「孤立」は、常に隣り合っている。
だから、もう一歩踏み込んで考えてみてもいいだろう。「孤立」や「生きづらさ」で苦しんでいる人がいる社会と、そうではない人々が生きている社会は、当たり前だが同じ社会だ。
この問題を考えるということはすなわち、自らが生きる社会を、いったいどう考えるのか、という問いに、そのまま直結しているはずなのだ。
日本最大のドヤ街・釜ヶ崎での「アート」をつかった実践とは?
フォーラムの第一部では、前述した斎藤による基調講演に続いて、国内外のアートによる「孤立」支援の実践者と、より広い文脈での「孤立」支援の専門家4名のプレゼンテーションが行われた。
国内のアートによる実践者としては、日本最大のドヤ街といわれる大阪・釜ヶ崎で、元日雇い労働者やホームレス、生活保護受給者とともにコミュニティーづくりを行う、NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)代表・上田假奈代。
釜ヶ崎には、上記のような人々が約2万人暮らしており、高齢化によって身寄りのない人も多く、孤立が進んでいるといわれる。そのなかで上田は、誰もが無料またはカンパだけで表現行為を学ぶことができる「釜ヶ崎芸術大学」というプロジェクトを立ち上げ、注目されてきた。まさに「表現行為を通じた居場所や生きがいづくり」に正面から取り組んだプロジェクトだ。
上田:「釜ヶ崎芸術大学」では、本物の学者さんや著名なアーティストの方によるいろんなプログラムを実施していますが、もちろん表現や技術の優劣を競っているわけではありません。たとえばコーラス。参加者には歌が好きな人が多いのですが、歌声は揃いません。不揃いなハーモニーを楽しんでいます(笑)。と上田が語ると、客席からも笑いがこぼれた。
英国からやって来た、元ホームレスが常に参加するアートプロジェクト
その後、群馬県前橋市の美術館・アーツ前橋学芸員の今井朋による報告に続いて登壇したのは、国外のアートによる「孤立」支援の実践者、ウィズ・ワン・ボイスのマット・ピーコック、デービット・トビー、フィー・プラムリーの3名。
ウィズ・ワン・ボイスとは、オペラや音楽の体験を通じて、ホームレスが前向きに社会と関わることができる機会を提供している英国のアート団体「ストリートワイズ・オペラ」が立ち上げたイニシアティブのこと。
2012年『ロンドンオリンピック』、2016年『リオデジャネイロオリンピック』の際には、多くのホームレスが参加した大規模なパフォーマンスを展開。2020年の『東京オリンピック』でもこの取り組みを発展させていこうとしている。
中心人物であるマット・ピーコックは、英国で著名な社会活動家であるいっぽう、スタッフの多くがホームレス経験者であり、活動の方向を決定する議論自体に常にホームレスが参加しているというウィズ・ワン・ボイス。
プレゼンテーションも、ディレクターのマットら主要スタッフ3名が入れ代わり立ち代わり行った。それはまるで、「不揃いなハーモニー」のようだ。
活動の成果を、近年注目される概念「ウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好にある状態)」を用い、孤立からの回復を数値化していく姿勢も特徴的である。
フォーラムレポート後編に続く
テキスト:宮田文久 撮影:相良博昭 編集:佐々木鋼平(CINRA, Inc.)