舞台上で大きなビニールを持って嵐を表現する演者たち
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Photo by Jun Ishikawa

2021年6月、ブリティッシュ・カウンシルは、豊島区立舞台芸術交流センター・あうるすぽっと、英国グレイアイ・シアター・カンパニーとの共同事業の成果として、舞台『テンペスト~はじめて海を泳ぐには~』を上演しました。そこから5ヵ月の11月、総合演出のジェニー・シーレイ氏や日本の演出家、キャスト、スタッフをスピーカーに迎えて、オンライン・フォーラムを開催。舞台の制作過程を振り返りながら、障害のあるアーティストがより活躍していく上での課題や今後の可能性を語りました。

グレイアイのミッション 

まず総合演出のシーレイ氏が、芸術監督を務めている英国グレイアイ・シアター・カンパニー(以下、グレイアイ)のミッションや、作品創作方法などを紹介しました。グレイアイは障害のある人たちが社会の一員として舞台に立つ機会を平等に持つために、40年前の創立以来「声を上げてきた」カンパニー。その名前はギリシャ神話に登場するペルセウスに目と歯を奪われたことに「声を上げる」グレイアイ三姉妹にちなんでいます。

「『障害のある人を舞台の真ん中に立たせたい』という設立当初からのミッションは不変です。グレイアイは、劇場や演劇を通して社会を変え、障害のある人たちへの考え方を変えてきました」

 グレイアイには、多様なコミュニケーション方法を持つ人たちがいるため、台本へのアプローチ方法を含めアクセスについて情報提供し合っています。その過程で劇中で俳優たちが舞台演出を言葉にする試みが生まれました。

「舞台全体で起きていること、行われていることを説明します。すると作品の閉鎖性がなくなり、すべてのことが同じ価値や美しさを持つようになる。私は監督として、ばらばらな『美』をまとめ、ひとつの作品に仕上げます」

パンデミック下の英国と障害のあるアーティストが受けた影響 

2012年のロンドン・パラリンピック競技大会開会式でシーレイ氏は、共同ディレクターとして、障害のある人がスタジアムに立ち人権に関するメッセージを伝える大きなミッションに取り組みました。その後も、第一線で活躍中です。

「コロナ禍でもアーティストは一筋の光を見つけることができる」と語るシーレイ氏は、障害のある人たちの孤立を防ぐためには「つながることが重要」と主張。グレイアイはデジタルを活用しパンデミック期間も活動が続けられる環境を整えました。また、世界に対してメッセージを広めるため「#WeShallNotBeRemoved」 (私たちは排除されるべきではない)というハッシュタグをつくり他の芸術団体とともにアドボカシーを行いました。

「今後の舞台の存続のために変革を起こしています。とくに英国の演劇界をよいものにしようと活動中です」

シーレイ氏はコロナ禍であっても、日本の障害のある俳優たちと国を超えたつながりを持てたことはすばらしく、障害やアクセスの違いはあっても、お互いチャレンジし合いスキルを学び合うことは可能だと語りました。

『テンペスト』プロジェクトの背景と目的 

続いて、『テンペスト』の企画背景と目的について、ブリティッシュ・カウンシルの須藤が説明しました。英国では、障害のあるアーティストの活動やその権利は、何十年もかけて提唱されてきましたが、2012年のロンドン・オリンピック・パラリンピック以降、障害のあるアーティストを支援するプログラム「Unlimited」を通して、その活動をより後押しするムーブメントが広がっていきました。

ブリティッシュ・カウンシルも、英国の障害のあるアーティストや関係者の経験を共有する機会を設けてきました。2018年にはシーレイ氏が、日本・英国・バングラデシュの3ヵ国の障害のあるアーティストが参加する演劇のコラボレーションを提案。ブリティッシュ・カウンシルは、あうるすぽっととともに、アーツカウンシル東京の助成のもと『テンペスト』プロジェクトを立ち上げたのです。プロジェクトの目的は、さまざまな障害のある演出家やキャストとともに、その違いや個性を活かしたインクルーシブな舞台をつくること。制作過程を通して、障害のあるアーティストが、より日本の文化芸術セクターで活躍できる環境づくりに寄与することでした。

プロジェクトの始動と創作 

2019年2月、シーレイ氏が初のワークショップを日本で開催。同年9月、ロンドンでのワークショップに演出家の岡氏と大橋氏が日本から参加。作品のアイデアを出し合い、英国やバングラデシュのキャストと顔合わせを行いました。同年12月にはシーレイ氏が再び来日しワークショップを実施しました。しかしコロナの影響で当初予定していた2020年5月の上演は延期が決定。困難な状況下でもコミュニケーションは続けられ、海外勢は映像での出演となったものの、2021年5月、日本の8名の演出家・キャストは稽古場に集まり、シーレイ氏はリモートで1か月間演出しました。オンラインでの稽古は、日英の言語通訳に加えて、それぞれの手話通訳を挟み、コミュニケーションが複雑になる難しい局面もありました。参加者の前向きな努力の結果、作品は完成し、2021年6月無事に上演の日を迎えました。

『テンペスト』参加者のプロジェクト所感

言語の違い、障害のある・なし、コロナ禍。さまざまな事情が伴うなか、上演に至った『テンペスト』。シーレイ氏とも親交の深い、愛知大学教授の吉野さつき氏をモデレーターに、プロジェクト関係者5名が所感を語りました。

大橋ひろえ氏(演出兼キャスト:役名キャリバン)によると、稽古場は「よくも悪くもカオスで、まさしくテンペスト(嵐)のような状態」だったそう。キャリアも障害のあり方も異なるキャストが同じ舞台に立つため、演出家として、どのようなゴールを目指すべきか悩んだこともありました。この経験をどう活かすかが、今後の課題だと語ります。

静岡を拠点とする劇団代表を務める岡康史氏(演出)は、自身とシーレイ氏の演出スタイルの違いの消化に時間がかかったそう。それを出演者と共有するのにも難しさを感じました。それでも、「『テンペスト』は、障害のある人たちの舞台表現というチャレンジをさせてくれた」という発言に充実感をにじませました。

下肢障害のある瀬川サチカ氏(キャスト:役名エアリエル)は、「空気のように動く妖精」という配役に最初は戸惑いました。しかし、この役に挑戦したことは、自身の大きな分岐点になったと言います。

「出演者や関係者といざ顔を合わせてみると、『人間と人間なんだ』と実感でき、一番単純なコミュニケーションに立ち返ることができました。これは俳優にとって大切なスキルだと思います」

関場理生氏(キャスト:役名ミランダ)は、目の見えない自分にダンスシーンがあることに驚きつつも、そこから挑戦するマインドが芽生えたと言います。「自分の体を使った表現が、ちゃんと人に伝わること」も大きな発見だったそう。また、「シェイクスピア劇としても成立させつつ、障害のある人たちのリアルを表現できれば」と語りました。

続いて、あうるすぽっとを運営する、としま未来文化財団の佐々木千尋氏(制作)。あうるすぽっとでは、障害のある人の観賞サポートに力を入れてきましたが、作品づくりは初めての挑戦でした。『テンペスト』は劇場のクリエーションの幅を広げる演目となり、「ひとつのジャンルとしてスタンダードに広がってほしい」と期待を寄せています。

佐々木氏のコメントを受け吉野氏は、日本の公共の劇場の現状について、「市民には様々な人たちがいるはずなのに『テンペスト』のような多様性のある劇が、まだあまり普及していない」と、今後の課題を示唆しました。

障害のある人たちの今後への期待

フォーラム後半は、シーレイ氏と『テンペスト』の関係者5名でディスカッション。シーレイ氏が今後の可能性について語った後、演出、キャスト、劇場、それぞれの立場から、プロジェクトを振り返りました。シーレイ氏は「障害のある人たちが劇に出演するだけではなく、演出する、監督する、それが次のステージ」と主張。またシーレイ氏にとっては「演出家が、いかにほかの演出家から学ぶべきか」ということも、『テンペスト』プロジェクトの目的のひとつでした。今回、その経験を得た演出家の岡氏と大橋氏の今後に、期待を寄せました。

「英国では、障害のない人たちが障害のある人たちとどうやって一緒にやっていくのかを学んでいこうとしています。英国の大きな劇場でもムーブメントが起きていて、障害のある人たちがリーダーシップをとっています。次はそういう演劇をつくっていきたいと思っています」

岡氏は「これまで障害があることで遠慮があった」としながら、「創作面において自分ができたことを他者に伝えていくことが今後の自分の役割ではないか」と述べています。大橋氏は、シーレイ氏とはお互い聞こえない立場であることから、さまざまな演出方法を学び合いやすかったと語ります。今後も演出の仕事を続ける上で、「いちばん大事なのは台本。聞こえる人のための台本がほとんどなので、私たちに合うものに変えないといけない」と主張しました。 

ミランダ役の関場氏は『テンペスト』を通して、さまざまな身体性を持つ人たちがどんな配慮があれば芝居を楽しめるのかという検討過程を間近で見られたと振り返ります。「これで100パーセント OK という形がまだないと思うので、アクセシビリティについて考え続けたい」と語りました。エアリエル役の瀬川氏は、『テンペスト』稽古場では自分が「見える、聞こえる」というより、「見えちゃう、聞こえちゃう」という感覚になったと言います。「なぜそう判断したんだろう」と考えることで、人間の知覚の認知の曖昧さにも気づいたとのこと。今後、字幕や音声解説を通してではなく、直感的に一緒に楽しめるような作品や、情報伝達の選択肢が増えることを期待すると締めくくりました。

あうるすぽっとの佐々木氏は、 公共劇場と障害のあるアーティストとの創作には、「とにかく飛び込んでしまう」ことが大事だと感じ、「事前に用意するよりも、実際に会ってコミュニケーションをとり、必要なサポートについて聞く。『テンペスト』の現場でも、人と人との関わりが大事だとわかった」と語りました。

最後に、フォーラム出演者と参加者に向けて、シーレイ氏からメッセージが送られました。

「飛び込んで、泳ぐ。どんな質問もぶつけ合い、とにかくやってみること。コミュニケーションは多様であるほど、すばらしい。人は好奇心を持った生き物。劇場は、私たちが自分を知り、そして他者を知るチャンスの場です」

2名の演者と、奥に手話通訳者、日英言語通訳者がいる。その様子をパソコンの画面の中からイギリスの演出家が見ている。
オンラインでジェニーとコミュニケーションを取る日本側演出家と役者たち(Photo by Ryuichi Maruo)
2人の男性と5人の女性の俳優が、スクリーンの中にいる男性俳優と一緒に、舞台の上で演劇をしている。
『テンペスト』 (Photo by Jun Ishikawa / © Jun Ishikawa)
フォーラムに参加する6名の登壇者と2名の手話通訳者
オンライン・フォーラムの様子(© British Council )

大橋ひろえ(俳優/演出家)

音のない世界の住人。栃木県宇都宮市私立作新学院を卒業した後、手話演劇やダンス、自主映画製作を始める。1999年、俳優座劇場プロデュースの『小さき神のつくりし子ら』で主役・サラに一般公募で撰ばれ注目される。本作品で第七回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。その後、渡米し、演劇やダンスを学ぶ。2004年、自伝本『もう声なんかいらないと思った』(出窓社)出版。2005年、聞こえない人と聞こえる人が作る演劇を目指してサインアートプロジェクト.アジアンを旗揚げ。ミュージカルからストレートプレイ、朗読劇まで幅広く公演プロデュースする。現在、俳優、手話振付指導、ワークショップ講師などとして活躍中。

岡康史(劇団午後の自転代表)

静岡県出身。劇団午後の自転代表(劇作・演出)。障害者と健常者が同じ舞台に立った”しずおか演劇祭”を経て1996年劇団を旗揚げ。以降20作以上を作・演出。2013年より、静岡での演劇企画「ラウドヒル計画」に演出スタッフとして参加。

佐々木千尋(公益財団法人としま未来文化財団 企画制作部 事業企画第2課)

1992年生まれ。東京都豊島区出身。桜美林大学総合文化学群演劇専修を卒業。大学を卒業後、東京芸術劇場プロフェッショナル人材養成研修に2年間参加。2017年より、としま未来文化財団に入職。同財団で放課後の小学生対象を対象とした、演劇と出会うワークショップの立ち上げに携わる他、あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)の舞台の企画制作を担当。

ジェニー・シーレイ(グレイアイ・シアター・カンパニー芸術監督)

演出家として活躍し2012年ロンドン・パラリンピック競技大会開会式では共同ディレクターを務めた。障害のあるプロの俳優やスタッフによる英国の劇団、グレイアイ・シアター・カンパニーの芸術監督とCEOを1997年から務め、手話と音声描写を効果的に取り入れた革新的な作品を創作、英国内外で高い評価を得ている。また、日本、インド、スリランカ、バングラデシュ、ブラジルなどで様々なワークショップや講演を行っている。2009年英国の舞台芸術セクターのアクセシビリティ向上に大きく寄与し、大英帝国勲章MBEを受勲。2012年ロンドン・オリンピック・パラリンピック競技大会関連文化プログラムのひとつである「Unlimited」ではアーティスティック・アドバイザーを務め、Liberty Human Rights Arts賞を受賞。2015年シグネチャー・デフ賞で優秀貢献賞を受賞。スコットランド王立音楽院及びミドルセックス大学名誉博士、セントラルスピーチ&ドラマスクール、Rose Bruford大学特別研究員。

瀬川サチカ(俳優/シンガーソングライター)

関東国際高等学校演劇科を経て立教大学現代心理学部映像身体学科卒。人工関節の俳優にしてシンガーソングライター。幼少期より子役として活動。23歳で骨肉腫を患い人工関節置換手術をうける。闘病をきっかけに音楽活動を始め複数のCDをリリース。現在ではダンス、演劇、音楽など複数ジャンルを融合させたパフォーマンス公演の企画等を行う。猫とスパイスを偏愛。

関場理生(劇作家/ダイアログ・イン・ザ・ダークアテンド)

1996年生まれ。東京都豊島区出身。2歳のとき網膜芽細胞腫で失明。都立総合芸術高校 舞台表現科 三期卒業後、日本大学芸術学部 演劇学科(劇作コース)に入学。在学中は公演を企画したりワークショップを行ったりと精力的に過ごす。卒業後、ダイアログ・イン・ザ・ダークのアテンドとして対話する場を作る仕事に従事する一方、視覚障害者と演劇を結ぶ架け橋となるべく活動の範囲を広げている。

吉野さつき(愛知大学文学部 教授)

英国シティ大学大学院でアーツ・マネジメントを学び、公共劇場勤務、英国での研修(文化庁派遣芸術家在外研修員)後、教育、福祉等の場で芸術を用いた活動に携わる。障害者芸術や社会包摂に関連する芸術活動の調査研究や人材育成にも取り組んでいる。

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