さまざまな障害がある俳優やスタッフによる創作活動を行い、高い評価を得る英国の劇団「グレイアイ・シアター・カンパニー」の芸術監督ジェニー・シーレイ。自らも聴覚障害がある演出家であり、2012年のロンドン・パラリンピック競技大会開会式の共同ディレクターも務めた彼女が、日本・英国・バングラデシュの3か国の障害があるアーティストにより上演される舞台『テンペスト ―はじめて海を泳ぐには―』の総合演出を手がけます。そのプレ稽古のため2019年12月に来日したジェニー・シーレイに、今回のプロジェクトについて聞きました。 |
私にとって『テンペスト』は特別なのです 。
―演出家と俳優たちとのワークショップの手応えはいかがでしたか?
4日間にわたるワークショップでしたが、実質的には3日半だったので、もう少し時間があればと思いました。でも演出家も俳優も、探求しながら作品づくりをしてくれました。特に演出家の2人は自分の演出スタイルを確立しようとしていたと思います。それは2人にとても大きな経験だったと思います。
―その2人の演出家、大橋ひろえさんと岡康史さんとは、どのようにコラボレーションしようとお考えですか?
まず、私と劇作家で脚本について相談する必要がありますが、最終的に脚本ができあがったら翻訳されたものを2人の演出家に読んでもらい、どうつくっていくか話し合いたいと思います。そのなかから出てきたアイデアを試すことになるでしょう。ひろえさんにはおもに手話の部分、康史さんにはセリフとして発せられる声の部分について課題を出しながら、私は全体を描くということになると思います。
―これまでも、2007年に『血の婚礼』(世田谷パブリックシアター)、2011年には『R&J(ロミオとジュリエット)』(彩の国さいたま芸術劇場)で演出を手がけるなど、日本で公演活動をされていますが、日本で仕事をするときに何か違いを感じることはありますか?
日本であれどこであれ、異なる国、異なる文化のなかで仕事をするときには文化の違いについて学び、背景を知らなくてはいけないと思っています。日本には何度来ても、常に新しいこと、学ぶべきことがあります。当然、言語が違いますから翻訳というプロセスが入ります。そのプロセスがあることで、いつも新しい問いを投げかけられ、その問いが、台本をつくるうえでも芝居をつくるうえでも役に立っていると思います。舞台上のテクニカルな面で言えば、日本のチームはいつも準備が万全で、非常に仕事が早いですね。
―今回、なぜ『テンペスト』を題材に選んだのでしょう?
『テンペスト』は私が最も好きな戯曲であり、私のキャリアのなかでも節目節目で関わることになる、とても大切な作品です。かなり前ですが、この戯曲を、若い重度の障害がある人たちのために演出したことがありますし、自閉症や学習障害を持った子どもたちと一緒に『テンペスト』のシーンをいくつか集めた演劇を上演したこともあります。
また私が共同演出した2012年のロンドン・パラリンピック競技大会開会式の開会式セレモニーも『テンペスト』をベースにしていて、開会式全体を通して「偏見を持たないこと」「許容すること」を訴求しました。これは、グレイアイの理念とも通じるもので、だから私はこの戯曲が大好きなのです。実は、偶然にもダニー・ボイルが演出したロンドン・オリンピック競技大会の方の開会式も『テンペスト』がテーマとして使われていたんですよ。
『テンペスト』は嵐により遭難した人々が孤島に流れ着くことから始まりますが、日本も英国も島国であり、バングラデシュも水害がとても多い国です。私はこれまでバングラデシュでも仕事をしてきたので、深いつながりがありますし、この3か国で取り組むにはとてもふさわしい作品だと思ったのです。
―日本では、障害があるアーティストはまだそれほど多くなく、活躍の場が少ないと感じますが、日本の社会へメッセージはありますか?
おそらく、みなさんが思っているよりも障害があるアーティストはたくさんいると思います。今年の東京オリンピック・パラリンピックの開会式・閉会式のオーディションでも、どれだけたくさんいるのかがわかるはずだと思います。
私からのメッセージは、障害がある人たちを脇に追いやらないでほしいということ。障害がある人たちは社会を織り成す構成員の一部であり、みなさんと同じなのです。今回はブリティッシュ・カウンシルとあうるすぽっとによる共同事業ですが、こういったすばらしい劇場で、障害のあるアーティストに活躍する舞台を与えたということ自体が、社会へのメッセージになるのではないでしょうか。
―グレイアイ・シアター・カンパニーで長く活動を続けてこられて、障害者をとりまく環境が少しでも変わってきたと思いますか?
ええ、変わってきたと思います。ナショナル・シアターやロイヤル・シェイクスピア・カンパニー、そのほか地方の劇場も、これまで以上に耳の聞こえない俳優や障害のある人を雇用するようになりました。英国では40年かかりましたが、日本ではそんなに時間をかけず、4年くらいで(笑)そうなってほしいですね。
―異なる障害がある俳優たちが舞台に立つということで、どういうものになるのかまだ想像がつきませんが、今回の舞台はどんな舞台になることを期待していますか?
一番重要なことは、俳優たちがチームとなってお互いを舞台上で助け合うということ。舞台上で起きることは部分的に字幕になったり手話になったり、あるいは音声で状況が説明されることになるかもしれません。見ている人も演じている人も、最終的にはすべての情報を得られるようになりますが、そのタイミングは同時ではないこともあるでしょう。多様な表現で舞台はより豊かになるはず。それが私がやりたいと思っていることです。
そして2人の演出家には、今後もそれぞれがやりたい作品を演出し、発表する機会があるといいと思っています。私もかつて見習いの演出家だったときに演出する機会を与えてもらいました。同じように、前に進もうとしている人にチャンスを与えてほしいと願っています。それがとても重要なことです。
2011年に『R&J(ロミオとジュリエット)』を上演したときに、津波で家族を失ったという仙台の演出家の人が、終演後に私にハグしに来てくれました。そのとき「勇気を持ってやってください」と言われたのですが、アーティストとして勇気を持って、難しい作品づくりにチャレンジしてくださいということだったのだなと、この前ふと思い出して、わかるような気がしたんです。今回の舞台もきっとすばらしいものになると信じています。
ジェニー・シーレイ(グレイアイ・シアター・カンパニー芸術監督)
演出家として活躍し2012年ロンドン・パラリンピック競技大会開会式では共同ディレクターを務めた。障害のあるプロの俳優やスタッフによる英国の劇団、グレイアイ・シアター・カンパニーの芸術監督を1997年から務め、手話と音声描写を効果的に取り入れた革新的な作品を創作、英国内外で高い評価を得ているほか、日本、インド、スリランカ、ブラジル、バングラデシュなどでさまざまなワークショップや講演を行っている。英国の舞台芸術セクターのアクセシビリティ向上に大きく寄与し、2009年大英帝国勲章MBEを受勲、2012年ロンドン・オリンピック・パラリンピック競技大会関連文化プログラムのひとつである「Unlimited」ではアーティスティック・アドバイザーを務めた。