ジェニー・シーレイが再び来日、 『テンペスト ~はじめて海を泳ぐには~』出演者と稽古をスタート
日本・英国・バングラデシュの3か国の障害のあるアーティストたちがコラボレーションする演劇プロジェクト『テンペスト ~はじめて海を泳ぐには~』。英国グレイアイ・シアター・カンパニーの芸術監督であり、このプロジェクトで総合演出を手がけるジェニー・シーレイが、2019年12月、プレ稽古のために来日し、ワークショップを行いました。前回ジェニーが来日した2019年2月のワークショップでは、日本人2人の演出家と4人のキャストが決定。さらに新たに1名の俳優の出演も決定し、ジェニーとともに創作の手がかりを探求するワークショップに取り組み、本格的にプロジェクトがスタートしました。
今回演出を務めるのは大橋ひろえと岡康史。大橋は、手話を芸術的なパフォーマンスに高めようと活動する「サインアートプロジェクト.アジアン」代表であり、ろう者俳優、手話振付指導などで活躍しています。もうひとりの演出家・岡は、「劇団午後の自転」代表で劇作と演出を務め、静岡市を拠点に車椅子で活動をしています。
出演者の瀬川サチカは人工関節の女優・シンガーソングライターで、ダンス、演劇、音楽など複数のジャンルを融合させたパフォーマンス公演の企画なども手がけています。関場理生は2歳のときに失明し、日本大学芸術学部演劇学科を経て、視覚障害者と演劇を結ぶ架け橋となるべく活動をしています。平塚かず美は、「日本ろう者劇団」で手話狂言の記録や狂言台本の製作、手話ポエムの研究などをするほか、演出や手話講師としても活躍中。
また今回のワークショップには参加できませんでしたが、田代英忠は「日本ろう者劇団」に所属し、ほぼ毎年出演、またはスタッフで参加するなど活躍しています。そして新たに出演が決まった柳浩太郎は、ミュージカル『テニスの王子様』の初代越前リョーマ役で人気を博し、交通事故後に高次脳機能障害を抱えながら舞台や映画、テレビなどで活躍してきましたが、いったん引退、6年間のリハビリを経て2019年より俳優として再スタートを果たし今後が期待されています。
今回のワークショップは、このように障害も背景も多様な演出家と俳優が集結したため、コミュニケーションにはいくつかの「翻訳」が必要でした。たとえば、ジェニーが話す内容はまず日英通訳者が日本語へ訳し、その後、日本の手話 (Japanese Sign Language, JSL) 通訳者が、聴覚障害がある大橋や平塚に手話で伝えます。また大橋や平塚が発した内容は、日本の手話通訳者、そして日英通訳者、さらには英語の手話 (British Sign Language, BSL) 通訳者を介してジェニーに伝えるという複雑な状況。また視覚障害がある関場には、目の前で起きている状況を時折スタッフが言葉で説明する必要があります。これまで障害がありながらもそれぞれの表現の場で活動してきた彼らでも、この混沌とした状況に、はじめは戸惑いを隠せなかったようです。それでも、ジェニーの温かい人柄とポジティブな姿勢のせいか、稽古場は和やかな雰囲気に包まれ、ともに難題に挑戦しようという意気込みに満ちていました。
ワークショップ序盤は、お互いの障害や個性について理解し、助け合うことに主眼がおかれているようでした。たとえば、2つのチームに分かれ、テンペストとは関係ない、短いシーンを演じてみるというエチュード。視覚障害がある関場と聴覚障害がある平塚がペアになり、平塚の手話のセリフを関場が手で触れて読み取ろうとします。それを関場は声に出しセリフとして発しながらストーリーを伝えようとしました。 瀬川と柳のチームは、ときにアドリブを交えながら、コントのように視覚的に伝わりやすい表現を試みていました。
そのエチュードの発表では、片方のチームが演じるときに、それ以外の人たちは最初は背を向けてそのシーンを鑑賞し、2度目には俳優たちのほうを向いて鑑賞。そうすることで、目の見えない人にはどう伝わるか、どうしたら異なる障害がある人々にうまく伝えることができるのか、それぞれが考え、想像を巡らせる時間になりました。
こういったエチュードを通じて、それぞれの個性が発揮され、少しずつお互いが理解を深めることにつながったようです。演出家も、大橋は自身が俳優でもあるので、表情や動作などビジュアルで伝えるのに長け、岡は丁寧に言葉を紡ぎなら心情を表現させるような演出が印象的でした。またジェニーは、2人の演出家に指示をするのではなく、ファシリテーションするように2人を導きながら、彼ら自身に演出させるというスタイルで全体を見守っているようでした。
終盤のワークショップでは、パメラ・カーターによる上演台本の一部を使った稽古も行われました。たとえば島に遭難した人々が集まってくるというシーン。俳優がお互いセリフをどこまで発したのかわからないなどの困難もありましたが、お互いが相手をよく見ながら補い合うように演じようとする場面も見られました。
ジェニーは稽古中に、「観客がすべてのストーリーを理解するのは難しいかもしれないけれど、それぞれがどこかの時点で平等に情報を得られるようにするのがいいのでは」と話していました。それが実際の上演では大きなポイントとなりそうです。
壮大なプロジェクトはまだ始まったばかり。どれほど困難なことに挑戦しようとしているのか、演出家も出演者もそれぞれがあらためて実感したはずですが、それ以上に、ジェニーに勇気づけられ、希望を持ってプロジェクトを成功させようという気持ちを共有できたはず。そんな、短くても充実した4日間のワークショップでした。
テキスト:榎本市子
主催:ブリティッシュ・カウンシル、公益財団法人としま未来文化財団、豊島区
特別協力:グレイアイ・シアター・カンパニー/ダッカ・シアター
助成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京
ジェニー・シーレイ(グレイアイ・シアター・カンパニー芸術監督)
演出家として活躍し2012年ロンドン・パラリンピック競技大会開会式では共同ディレクターを務めた。障害のあるプロの俳優やスタッフによる英国の劇団、グレイアイ・シアター・カンパニーの芸術監督を1997年から務め、手話と音声描写を効果的に取り入れた革新的な作品を創作、英国内外で高い評価を得ているほか、日本、インド、スリランカ、ブラジル、バングラデシュなどでさまざまなワークショップや講演を行っている。英国の舞台芸術セクターのアクセシビリティ向上に大きく寄与し、2009年大英帝国勲章MBEを受勲、2012年ロンドン・オリンピック・パラリンピック競技大会関連文化プログラムのひとつである「Unlimited」ではアーティスティック・アドバイザーを務めた。