アートと科学が交わる場所で活動するアーティスト、グレース・ボイル。伊勢のいろいろな場所の風や湿度を計測したり、ヒノキの香りに惹かれて、香りのサンプルをあちこちで採取したりしました。レジデンス終盤、伊勢での二週間の体験について話を聞きました。
テクノロジーで追い求めていたものが、すでにここにあった
私は人の五感を扱うマルチセンサリーの分野で活動するアーティストで、“フィーリーズ”という団体の創設者です。フィーリーズでは人の持つさまざまな感覚について研究しています。数年前から土着の文化のデザインや慣習が持つ感覚的な要素を研究し、マルチセンサリーな没入型体験のためのストーリーテリングの開発に取り組んでいました。今回のレジデンスは、そのプロジェクトと通じるところがあると思って応募しました。
プログラムはどれも本当にすばらしく、多岐にわたる体験でした。朝5時に内宮で日の出を迎え、夜には初穂を神に供える神嘗祭に参列しました。特別な儀式にもたくさん参加しました。中でも初穂の米俵を積んだ奉曵車を神宮まで曳いて奉納する、初穂曳の陸曳きは強烈な体験でした。揃いの白い法被を着て800名を超える人々と一緒に2本の長い綱を曳きながら、綱から全員の熱気が伝わってくるようで、まさに初めての体験でした。
今回参加した7名のアーティストはお互いの芸術分野にほぼ重なりがなく、さまざまな視点から意見を交換し合うことができました。異なる表現者が一緒に多様で豊かな時間を過ごせたと思います。
伊勢神宮の神域を人々がどのように感覚的に捉えているかを探りたいと思っていました。特にヒノキの木に注目しました。すべての神社ではヒノキが使われていますが、西洋科学の視点から見ると、ヒノキの香りには鎮静効果があり、不安を和らげ心拍数を下げる効果があることがわかっています。そのヒノキが信仰の場で使われており、さらにそれを20年に一度の遷宮で新しく更新することで、効果を持続できると考えたのかもしれない。そうした先人たちの知恵は非常に興味深いものでした。
また、感覚を引き出す社殿の配置、風や湿度を計測し、香りのサンプルを外宮と内宮のあちこちで採取しました。神宮を巡る旅を、香りによる没入型体験として作品化する可能性を探りました。
日本に来たのは初めてでしたが、伊勢神宮の遷宮の慣習が1300年以上続いていることに感動しました。私は生まれも育ちもロンドンで今も暮らしています。大都会、そしてデジタル化が進む社会、世俗的な文化の中に身を置く者としては、何かを長い年月にわたり継承し続けるとことに価値があるという考え、またそれを守るために同じことを繰り返し行い続けるという価値観に驚きました。「伊勢神宮は20年に一度の遷宮で再生を繰り返しているので、いま目の前にあるのは1300年前の人が目にしたのと同じ風景であり、まるでタイムスリップしたかのように1300年前の人と同じ体験をしているのですよ」という神職さんの説明を聞いて、繰り返すことで永遠につながるというコンセプトを知りました。こうした発見が、まさに私が土着の文化の研究に関心を持つ理由です。
現代社会の中で私たちは、コンピューターやデジタルテクノロジーこそがすべての答えを導き出してくれると考えがちです。でも追い求めているものが、実はもう存在していて、単に知らない、見ていない未知の文化の中にあるのかもしれない。そんな感覚を覚えました。
また、“気配”という言葉も習いました。それは必ずしも神の存在を見て確認する必要はなく、見えなくても“在る”ことを感じるということ。これは神道だけでなく日本文化に共通する重要な要素だと感じました。異文化交流の価値は、生きる上でも芸術活動においても重要な、こうした発見につながることにあると思います。