言語:日本語、英語 (日本語クローズドキャプション付き。字幕をオンにしてご視聴ください)

ストップギャップ・ダンス・カンパニーは、1995年に英国で創設されたダンス・カンパニーです。障害の有無に関わらず、アーティストの個性を生かしたインクルーシブな舞台づくりで世界的な評価を受けています。

今回、ブリティッシュ・カウンシルは、ストップギャップから芸術監督であるルーシー・ベネット氏と振付家のクリス・ペビア氏を迎え、オンライン・フォーラムを開催。カンパニーのビジョンや、障害のある次世代のアーティストの育成事業、幅広いコミュニティとの活動が共有されました。

多様性から生まれる豊かさ

プレゼンの冒頭、ベネット氏はカンパニーのビジョンや設立経緯について説明しました。ストップギャップが組織として目指しているのは「公平さ、社会的正義、多様な参加にもとづいた平等の実現」。似たような外見、似たような価値観を持つダンサーばかりを雇用するカンパニーが多いなか、ストップギャップは「違い」こそが重要だと捉え、障害の有無に関わらず多様な個性を持った団員が所属していると言います。 

創設は1995年。芸術監督でダンサーでもあるビッキ・バラーム氏が「多様性から生まれる豊かさ」という理念を掲げてスタートさせました。以来、地域のコミュニティセンターや学校で振付家としてダンスのワークショップを行いながら、インクルーシブな作品を制作してきました。地元の行政、企業、あるいはワークショップから得られた小さな資金に頼りながら活動をしていたカンパニーは、その後評価や知名度も上がり、英国のアーツカウンシルから支援を受けるまでになりました。そして、2010年からはオリジナル作品の制作も手がけ始めます。 

いかにしてインクルーシブな舞台を実現するか。この課題に向き合いながら、作品づくりを通してさまざまなアプローチが試されました。ブレイクスルーとなったのは2013年に上演した『Artificial Things』でした。この舞台で、独自のメソッド“translation”(翻訳)が確立されます。 

「違い」のなかから共通言語を見つけ出す

“translation”とは、すなわち「ほかのダンサーの動きを、自分なりの解釈に落とし込んだ動きで表現する技術のこと」です。ベネット氏は“translation”が最初に起こった瞬間を今でもよく覚えていると言います。

「車椅子に乗ったローラというダンサーが、ほかのダンサーらに自分の動きを“translation”してもらったときのことです。彼女が車椅子で部屋を素早く移動する動きを見せると、それを見た他のダンサーたちも速いスピードで走って見せました」

空間を素早く横切るという意味では、似たような動作です。しかし、彼女には全く違うもののように思われました。

「もっと気をつけて見てあげて。彼女がどのように目を動かしているのか、どのような姿勢になっているのか」

そう伝えると、ダンサーたちは姿勢を低くして、今度は床を押すような動きを始めたと言います。ダンサーたちは、ローラが手で車椅子を押す動きをしていることに気づいたのでした。さらに注意深く観察してみると、ローラが実は動くときに顎を使っていることもわかりました。

このように“translation”では、従来のようにダンスステップをそのまま真似て覚えるスタイルを採用するのではなく、個人の動きのなかから互いの「共通言語」となる動きを見つけ出していくプロセスをたどります。これによって、ストップギャップは身体言語を新しくし、今までのダンスの枠組みを超えた動きを作り出すことに成功しました。

続いてベネット氏は “blend”(混ざり合い)と呼ばれるメソッドを紹介。

「私たちがまず行うのはシンプルに、お互いをよく観ること、よく聴くことです。相手を注意深く観察したり、簡単な即興課題を行ったり、話し合いの時間も十分に持ちます。そうして互いの相違点に気づくことが大事だ、というわけです。ストップギャップの作品はたった一人のダンサーの経験を表現するのではなく、たくさんの人たちの経験、解釈、世界がミックスされたものなのです」

このように、ストップギャップは多様性を尊重します。開放的な人、よく発言をする人、声の大きな人、勇気のある人を求める一方、落ち着いた人、静かな人、慎重な人も求めます。異なるタイプのダンサーたちがお互いを傾聴しあうことで、その個性が徐々に同化していき、全体としてバランスのよい“blend”が見つかるのです。

インクルーシブダンス教育の先駆けとして

ストップギャップは人材育成や教育にも積極的に取り組んでいます。「自分たちが学んできたことを、障害のある次世代のダンサーたちや、彼らを教える講師たちと共有し、広げていくことが重要です」と、ベネット氏。さらに、「ストップギャップは撮影、スタジオの予約、スケジュール管理、メンタリングなど、手厚い支援も行っています」と振付家のペビア氏は付け加えます。

ストップギャップは成人のコミュニティ・グループに向けてセッションを毎週開催したり、障害のあるダンサーたちを実習生として継続的に受け入れるようなプロジェクトも実施しています。また、自宅で好きなときにストップギャップのレッスンが受けられるよう、障害のある人・ない人両方に向けた映像コンテンツの配信も行っています。“Home Practice”と呼ばれるこの取り組みには、字幕、副音声、インクルーシブな言葉遣いへの配慮など、細やかな気配りが随所に見られます。

このほかストップギャップは、IRIS(Inclusive Syllabus by Stopgap Dance Company)と呼ばれる、インクルーシブダンスの研修シラバスも用意しています。IRISは、ストップギャップの25年間の集大成です。障害のある・なしに関わらず、ダンサーらが公平にアクセスできるリソースとして参照され、互いを支援したり、新しいソリューションを見出したりするために用いられています。

「ストップギャップは舞台芸術界、またより広い世界において、体系的な変化を求めているインクルーシブ・ムーブメントの一部です。私たちは自分たちの活動を通して、世の中から見過ごされている、あるいは取り残されている“隠された人材”、特に障害のある人を支援していきます」

そう締めくくったベネット氏とペビア氏。ストップギャップ・ダンス・カンパニーの今後の活動から、学ぶことが多いでしょう。

動画ではさらに詳しい内容が紹介されています。どうぞご覧ください。

 

スピーカー・プロフィール

ルーシー・ベネット(ストップギャップ・ダンス・カンパニー芸術監督)

2003年からストップギャップの活動に参画しているベネットは、多様性に富んだダンサーたちが集うカンパニーにおいて振付家として関与することで、ダンスを通して人間の物語を表現することを模索し続けている。ダンサーとしては、マキシン・ドイル、アダム・ベンジャミン、フィリップ・ヴァン・ハッフェル、ホフェシュ・シェクター、ゲイリー・クラーク、ロブ・タニオン、キャロル・ブラウン、ナタリー・ペルネットなど、様々な振付家と仕事をしてきた。近年の振付作品としては、『クリスとベネット』(2007年)、『トラッキング』(2009年)、『エクストラ・オーディナリー』(2010年)、『SPUNプロダクションズ』(カルチュラル・オリンピアードのための委託作品、2012年)などがある。2012年からはカンパニーの芸術監督としてストップギャップをさらに発展させ、独創的なアイデアを考案し創造的なプロセスでリーダーシップを発揮できるカンパニーになることを目指している。ベネットは、その蓄積された理論と実践的な知識を通して、グロスターシャー大学では英国初の「インクルーシブ・コレオグラフィー」を担当したほか、ブリティッシュ・カウンシルのクリエイティブ・コラボレーションの委託として実施されたトレーニングコースでも重要な役割を果たした。

クリス・ペビア(ストップギャップ・ダンス・カンパニー シニア・ダンス・アーティスト)

1997年にストップギャップに参加し現在はシニア・ダンス・アーティストとして活躍している。これまでに振付家のアダム・ベンジャミン、ホフェシュ・シェクター、トーマス・メトラー、ナタリー・ペルネット、ロブ・タニオン、トーマスらと共演。ストップギャップの海外ツアー(スウェーデン、ルーマニア、日本など)や英国内のツアーにも多数参加。振付家としては、ルーシー・ベネットととともに『クリスとベネット』を共同振付したほか、2008年には学習障害を持つ初の振付家として「Resolution! Statues of Darkness」に選出された。2014年、15年には、「The Awakening for Stopgap」の振付を担当し、英国内の様々なフェスティバルや野外でツアーを実施。クリスは、英国の学習障害のある人々のための団体「Mencap」によって、ダウン症を持ちながら卓越したキャリアを築いた一人としても選ばれ、今後も野心的に成長し続けることを望んでいる。

ストップギャップ・ダンス・カンパニー

英国を拠点に、障害のある・なしを越え、参加するアーティストが一丸となって新しい舞台の創造に取り組むダンス・カンパニー。芸術監督のルーシー・ベネットを中心とする多彩なクリエイティブスタッフとダンサーによって生まれる新しい発見の数々。人々の勇気やもろさ、さまざまな人間模様が巻き起こす詩的でエモーショナルな作品はイギリス全土で旋風を巻き起こしてきた。未来のアーティストたちの育成やアウトリーチ事業など、誰もがダンスを楽しめる環境づくりや人々の既成概念を取り除くことに努めてきた彼らのパイオニア精神は、社会教育の現場でも高く評価されている。

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