障害のある人の音楽アクセス向上を目指して
障害のあるなしにかかわらず、すべての人が音楽を楽しむことができる環境づくりを目指す英国のアート団体、ドレイク・ミュージック。1993年の設立以来、多くの人々の音楽表現活動を支えてきました。テクノロジーの開発、音楽サービスの提供から、音楽家や文化機関に向けたトレーニングプログラムの実施まで。手掛けてきたプロジェクトは多岐にわたり、音楽へのアクセス向上に関する知見は量、質ともに群を抜きます。
2017年からは日本での取り組みもスタートしました。川崎市、ブリティッシュ・カウンシル、ドレイク・ミュージックによる日英共同プロジェクトでは、障害のある人の自発的な表現を引き出すインクルーシブな音楽ワークショップの実践スキルを身につけた音楽家が、川崎市内の特別支援学校の生徒たちとワークショップを重ね、ともに新しい曲づくりに挑戦。大成功をおさめたばかりです。
この川崎市とのプロジェクトを通して、日本国内におけるインクルーシブな音楽表現活動への関心も少しずつ高まってきました。しかし、こうした活動が日本で広がっていくためには、現実的な課題も少なくありません。
ドレイク・ミュージックは、これまでにどのような指針を掲げ、ドレイク・ミュージックのプログラムの参加者やその支援者を結びつけてきたのでしょうか。そして、活動を持続させるため、どのように資金を集め、体制をつくりあげているのでしょうか。インディペンデント・アーティストの支援やボランティア公共団体でのキャリアを経て、2006年よりドレイク・ミュージックのCEOを務めるカリーン・メイア(Carien Meijer)氏に話を聞きました。
パートナーの探し方と広報手法について
メイア氏がドレイク・ミュージックの代表に就いたのは2006年のこと。当時の活動は、まだチャリティー団体の枠を出ないものでしたが、徐々に『障害の社会モデル』に基づいた考え方で現在の基盤を築くに至ります。その過程のなかで、他団体や教育機関、ミュージシャンらとどうパートナーシップを組み、どのようにしてプロジェクトを成立させていったのでしょうか。
—— ドレイク・ミュージックはどのような団体と協働してきたか、お聞かせください。
これまで多くの個人や団体と交渉してきました。無名だった頃はパートナー探しに奔走しなければなりませんでしたが、私たちの評価が上がってからは協力者を得やすくなりました。小さなチームですのですべての要望に応えることはできませんが、現在は、大学やオーケストラ、教育に係る音楽団体や個人からさまざまなオファーを受けています。
私の考えでは、最良のパートナーシップを築くには「お互いに達成したい目的が共通しているか」「その目的のためにともに時間をかけて探求していくことができるか」という視点が必要です。ですから、「たまたま支援をもらうチャンスがあったからパートナーシップを結ぶ」ということはありません。パートナーシップ契約を交わしたのちに、実はお互い違う方向を向いていたとわかっても遅いのです。着実に同じゴールを目指し、進んでいくことが大切だと考えます。
川崎市やブリティッシュ・カウンシルとの共同プロジェクトもそうです。長い時間をかけてお互いに学び合いながら作品をつくりあげていきました。
—— 具体的にはどのようなパートナーシップがありますか?
大学とは、障害のあるミュージシャンにも演奏が可能な(アクセシブルな)楽器を開発するプロジェクトが多いですね。これから行うロイヤルノーザン音楽大学(英国マンチェスターにある音楽院)とのプロジェクトもその一つで、障害のある、博士コースの学生と取り組みます。アクセシブルな楽器で演奏できる曲目はまだまだ少ないのが現状ですが、この学生はさまざまな音楽ジャンルでそれが可能になる新たなレパートリーを作曲しています。
このほか新たなパートナー、『Music in Prisons』 という団体との、プロジェクトを開始しました。この団体は、刑務所にいる人たち——そこで人生を終えるかもしれない人たちから、刑期を終えて人生を立て直そうとしている人たちまでさまざまです——を支援しており、活動の一部に音楽を使っています。私たちとはオーディエンスも参加者も異なりますが、音楽のアクセシビリティを高めていくうえでお互いの方法論から学ぶことは少なくありません。
さらに、障害のある子どもたちが音楽レッスンを受けられるよう、担当教師に技術的トレーニングを提供するといった学校とのパートナーシップもあります。このように、多種多様のパートナーシップとプログラムが並行して進められています。
—— オーディエンスや参加者の輪を広げていくための、メディアとのパートナーシップについてはいかがでしょうか?
オーディエンスとの関係を生み出すための方法の一つは、ソーシャルメディアです。少ないバジェットで、手軽に始められるアプローチですね。ソーシャルメディアによる広がりは、特定のターゲット層への働きかけには適していませんが、音楽をアクセシブルにする重要性をより多くの人に気づいてもらううえで、有効なプラットフォームだと思います。ただ私たちの活動を伝えるためだけではなく、人々の意識の変容において大きな効果を発揮しています。
もちろん、よりターゲットを絞った広報活動を行うこともあります。たとえば、自然に囲まれた野外で音楽を楽しめる『Planted Symphony』。こちらは、アウトドア・イベントに関心のある人たちを対象に、インクルーシブな参加型体験を実現しました。『Arts&Gardens』とのコラボレーションでしたが、その活動領域に特化した団体をパートナーにもつことで、私たちのメッセージを膨らませ、より多くの人に届けることができます。
私たちが取り組む活動は、学校など、一般にオープンではない限られた少数の参加者に対して行われることも多くあります。ですから、対象に合わせて、臨機応変に広報やコミュニケーションの手法を変えることが大切です。
持続可能な活動のための資金集めと体制構築
プロジェクトを開始し、継続するには資金の確保が必要です。ドレイク・ミュージックはどのようにしてこれを調達しているのでしょうか。
—— ドレイク・ミュージックのような活動をしたいと思っても、資金がネックになることが多いと思います。このハードルはどのように乗り越えられるでしょうか?
資金の確保は、いつも大きなチャレンジです。しかし、英国にはアーツカウンシル・イングランド(イングランドで多様な芸術活動への資金提供やアドボカシーを行う助成機関)があり、私たちを含めておよそ800の団体が3〜4年にわたる長期的なファンディングを受けています。これが、スタッフの給与を含め、組織運営のベースとなる費用をカバーしています。同様に、Youth Music(英国全土で、困難な状況にある子どもや若者を対象とした音楽プロジェクトを支援するチャリティー団体)からも4〜5年単位の期間で助成を受けています。
こうした単年単位ではない、中・長期的な支援によって、今後のプロジェクト実施に向けた現実的なプラニングが可能になります。もちろんすべての団体が得られる支援ではないので、私たちは幸運です。
そのほか、ドレイク・ミュージックのチームのなかには、公共団体に限らず財団、トラスト、フィランソロピスト(篤志家)から支援金を調達する、専任の担当者もいます。
言うまでもなく、難しいのは一つの助成期間が終わりに近づいたときですね。継続した活動資金が得られる目途が立つまでは、資金をどう効果的に活動に投入していくかの切迫した判断が求められるのと並行して、プログラム継続の方法も模索していかなければなりません。
—— パートナー団体や支援機関の存在は、アーティストの作品やプログラムの内容にどのように関係していますか?
私たちは、「作品制作はアーティスト主導で」という言い方をよくします。アーティストに新しい作品のコミッション制作を依頼する際、「こんなジャンルの、こんな曲にしてほしい」とこちらから要望することはありません。アーティストの意志や想像力を尊重し、制作を進めてもらいます。
同様に、学校でのプロジェクトは「参加者主導」です。私たちは、幼い子どもから高齢者まで、音楽を通じて参加者が自ら喜びを生みだしていくことが重要だと考えています。
—— 現在のチーム構成について教えてください。どのような能力をもつ人材を集めているのか、そして、どうやってチームのアイデンティティをつくりだしているのでしょうか?
パンデミックが引き金となって、ここ12カ月で団体メンバーの顔ぶれも大きく変わり、私たちもまさにチーム再編の時期にありますが、気をつけている点がいくつかあります。
インクルーシブな音楽表現活動は、一夜にして成るものではありません。長い時間をかけて身につけていくものです。チームメンバーには、アクセシブルな楽器に関するテクノロジーの理解や適性も求められます。
「音楽をつくる」という行為は誰もがもつ権利であり、その価値を理解し、信じている人であることも条件になります。それが私たちの信念であるからです。
ミュージシャンの存在は欠かせませんが、チーム全体を構成するうえでは、障害のある人もそうでない人も、多様なバックグラウンドをもつ人の参加を大切にしています。たとえば、個別の障害について、日々の困難を誰よりも理解しているのは当事者であり、「生きた経験」から得られる視点が、インクルーシブな音楽表現活動を実現するうえで不可欠だと考えています。
ドレイク・ミュージックの社会的存在意義、そして未来
ドレイク・ミュージックは、「インクルーシブな音楽表現活動」の領域において世界的なパイオニアとして知られています。その歴史のなかで、社会に与えてきた影響は決して少なくありません。活動の意義について、どのように考えているのでしょうか。
—— 川崎市との日本での取り組みも成功に終わりました。これまで、みなさんがつくりだしてきた社会的なインパクトについて、考えをお聞かせください。
2012年のロンドンパラリンピック大会を境に、インクルーシブな取り組みを支える環境は大きく変わりました。もちろん、まだ十分な変化とは言えません。しかし、それ以前に比べると今は目覚ましい変化が起きています。アーツカウンシル・イングランドといった団体も、われわれのような活動への支援にとても積極的になりました。音楽とは分野が異なりますが、ほかの芸術形態に目を向けると、GraeaeやUnlimitedなど、障害のある人たちの演劇制作を支援する団体も生まれています。もはや私たちだけではない、というのが実感です。
障害のあるなしにかかわらず、音楽を通したコミュニケーションには無限の可能性があります。教育の現場にいる教師やいつもそばにいる親さえも、障害のために「これはできてあれはできない」と、能力の限界を無意識に決めつけてしまっていることが少なくありません。しかし、そうした思い込みが障害のある人が音楽づくりや演奏に参加するインクルーシブな音楽活動によって少しずつ覆されてきました。このインパクトは本人だけではなく関係者にまで及び、いっそう大きくなってきた印象です。私たちは、小さな変化が大きなインパクトを生み出すことを、あきらめずにただ実証しつづけていくだけです。
——最後に、ドレイク・ミュージックの未来についてお聞かせください。
パンデミックという大きな節目を経て、3年〜5年先の未来を考える必要性も改めて感じています。
一つは、音楽制作におけるイノベーショや楽器の開発をさらに強く推し進めていくことです。これまで行ってきた活動に加え、追加資金を投じてアクセシブルな楽器のコレクションをつくる予定です。こうした取り組みはほかにまだ例がありませんから、意義のあることだと考えています。
同時に、アーティストによる制作機会をさらに生み出していくこと、とくに国際的な交流や関係性を深める活動を継続して行っていくつもりです。インクルーシブな音楽表現活動についての意識を高め、実際に音楽を届けることは、私たちの変わらないミッションです。
そうしたなか、近い未来に実現したいのは、ドレイク・ミュージックを障害のある音楽家の音楽制作のための国際的な拠点とすることです。ミュージシャンが各地から訪れる。そして、滞在型レジデンスプログラムに参加する。そこで、アクセシブルな楽器を手にとって演奏し、新たな作品を生む——。リアルなスペースでもバーチャルでも、そうした体験ができる環境をつくりたいですね。まだまだ長い道のりですが、時間をかけて実現したいと考えています。
カリーン・メイア(ドレイク・ミュージック、代表)
テクノロジーも活用し、障害のあるなしに関わらず、すべての人にとって音楽がオープンで、インクルーシブで、アクセシブルであることを目指して活動している英国の芸術団体、ドレイク・ミュージックの代表。数多くのアーティスト、音楽家、芸術機関、ボランティア団体などとプロジェクトを展開し、2006年より代表としてドレイク・ミュージックに参加。以来、オーケストラやコンサートホールなど芸術機関に対するアクセシビリティ・トレーニングやコンサルティング、教育プログラム、障害のある音楽家を支援するアクセシブル音楽テクノロジーの開発などドレイク・ミュージックの多様なプロジェクトを主導している。