英国ドレイク・ミュージックのメンバー2人
英国ドレイク・ミュージックの代表、カリーン・メイア氏(左)とアソシエイト・ナショナル・マネジャーのダリル・ビートン氏(右)。 ©

British Council Photo by Nariko Nakamura

「音楽とテクノロジーの力を使って、社会的バリアを取り外していく」

障害のあるなしに関わらず、すべての人が音楽を楽しむことができることを目指し、英国で活動しているアート団体ドレイク・ミュージック。音楽に関わる機会を生み出すためのテクノロジー開発をはじめ、アクセシブルな音楽サービスの提供、障害のある人の音楽アクセスを向上するために、音楽家や文化機関に向けたトレーニングプログラムなどを実施し、多くの人々の音楽表現活動を支えてきました。そんなドレイク・ミュージックから代表のカリーン・メイア氏とアソシエイト・ナショナル・マネジャーのダリル・ビートン氏が来日。ブリティッシュ・カウンシルと川崎市が主催するトークセッションとフォーラムへの登壇の合間に、ドレイク・ミュージックの取り組みについて話を伺いました。

——1993年に設立されたドレイク・ミュージック(以下ドレイク)は、今年で設立25年目を迎えますね。

カリーン・メイア(以下カリーン): 25年前、ドレイク・ミュージックの創立者であるアデル・ドレイクは、非常に先駆的な取り組みを始めました。テクノロジーを用いることで、障害を持つ人たちがクリエイティブに、楽しく音楽を奏でることできる方法を模索し、具現化してきたのです。私自身は2006年からドレイクの代表を務めていますが、その当時のドレイクと言えば、率直に言えば少し時代遅れな活動になっていました。というのもその活動の姿勢やアプローチが、障害のある人たちをどう手助けしていけるのか。その点に徹したチャリティ団体のように思えるところがあったからです。つまりそれは「医療モデル」を起点にした活動でした。現在の私たちの活動の中心にある考え方は「障害の社会モデル」です。

——「社会モデル」の概念について詳しく知りたいです。

ダリル・ビートン(以下ダリル):「医療モデル」とは医学的な疾患に着目して障害を捉えることを指し、社会の中で困難に直面するのも、それを克服するのも個人の責任だという考え方です。その一方で「社会モデル」というものがあります。これは1970年代に英国で、障害のある当事者の社会運動から生まれ、発展してきた概念で、医療的な診断結果や症状に関わらず、その人自身が社会的困難に直面しているのであれば、それは社会の側が障害を生み出しているのであり、変わるべきは個人ではなく社会だ、という考え方です。つまり、例えば障害のある人たちが学校や職場に通うときに不自由さを感じたとしたら、それを個人の問題と捉えるのが「医療モデル」、社会の問題と捉えるのが「社会モデル」になるのです。

——視点を変えるだけで、障害に対する見かたが大きく変わりますね。

ダリル:そうです。その上で、障害の有無を問わずみんなが平等に同じ機会を享受できるようになるためには、どちらのモデルが大切だと思いますか? 答えは明白で、「社会モデル」です。もしも学校や職場に不自由を感じるのなら、そう感じさせないように学校や職場の側の環境を整える。つまり「社会モデル」を前にすると、医学的な疾患は、障害と一切関係がなくなるのです。

——「社会モデル」で障害を考えると、誰もが障害の当事者であることを自覚します。

カリーン:ええ、まさにドレイクにとっても「社会モデル」は、障害とは何かを再定義するためのきっかけになりました。そして今ではこの「社会モデル」が芸術文化における非常に重要なアプローチになりますし、ドレイクの活動の中核を担っています。つまり私たちドレイクは音楽とテクノロジーの力を使って、物理的なバリアはもちろん、障害に対する人々の先入観や態度といった見えない社会的バリアを取り外していくことを実践しているのです。英国全体に「社会モデル」が波及してからは、今まで前に出てこなかった障害のある人たちの声が、少しずつ社会の最前線でも聞こえてくるようになりました。

ダリル:それを最もよく実感したのが、2012年に行われたロンドン・オリンピック・パラリンピック競技大会が開催された頃です。当時は障害のあるアスリートや芸術家を強く振興するとともに、障害のある人に対する人々の偏見を取り除こうという意識が英国全体にあり、さなざまな取り組みが行われました。その当時に比べると、今の社会はその意識がやや後退してしまったように思います。原因はいろんな理由が考えられますが、例えば英国の緊縮財政政策によって、障害のある人たちへのアクセシビリティがなかなか行き届かなくなってしまっていることが、大きな理由のひとつにあると思います。

——ドレイクの主な活動基盤とはなんでしょう?

カリーン:ドレイクは主に4つの領域を軸に活動しています。一つ目がアート&コラボレーション。2つ目はR&D(研究開発)、3つ目はラーニングとパティシペーション。そして4つ目はトレーニングとコンサルティングです。この4つが相互に交わりながら、さまざまな音楽プログラムを発展させていきます。つまりドレイクとは、ミュージック、テクノロジー、障害のリーダーであり、イノベーターであり、キュレーター、教育者でもあるのです。

——そんなドレイクの中でのおふたりの役割を教えてください。

カリーン:私はチーフ・エグゼクティブとして、組織全体の責任を担っています。大きくはドレイクとして障害のあるなしに関わらず豊かな音楽体験と作品制作の発展を目指すには何をすべきか。それを考えながら、多様な人たちと一緒に仕事をしながら、十分な制作資金がある状態をつねに作るということです。

ダリル:私はアート&コラボレーションのアソシエイト・ナショナル・マネジャーという役割を担っていて、障害のあるミュージシャンの方たちと一緒に音楽プログラムを作り上げていくことを主に行なっています。外の団体との連携、コラボレーションやパートナーシップを模索することも、私の役割の一つですし、障害のあるミュージシャンによる作品の委託も行なっています。また、クリエーションの発展をサポートするようなスキル開発やトレーニングの提供も行っています。

——ドレイクの活動について、具体例をお聞きしたいです。

カリーン:そうですね、例えば2012年に活動を始めたドレイク・ミュージック・ラボ(以下ラボ)。今回一緒に来日する予定だったガウェン・ヒュイットが率いている活動になりますが、このラボではハッカー、テクノロジスト、楽器メーカーが一丸となって、障害のあるミュージシャンのクリエイティブなニーズとアクセス面でのニーズに同時に応える形での新しい楽器開発を始め、既存の楽器をカスタマイズして、使いやすい楽器にするといったことを模索しています。具体的な解説はガウェンにしてもらいたかったんですが、怪我で来日できず、残念です。ガウェンはドレイクでR &Dプログラムを担当しながら、テクノロジーを開発しています。

ダレン:私たちにとってこのラボはハイエンド、費用がかかるプログラムでありますが、この高価なテクノロジーを最終的には学校やワークショップでも使えるような身近なものに落とし込むことをゴールとしながら、日々活動しています。

カリーン:またラボで重要なことは障害のあるミュージシャンが主導で動いているところです。ハッカー、テクノロジスト、楽器メーカーの方たちが行うことの中心に、障害のあるミュージシャンの声があるということです。

ダレン:例えばバイオリンという楽器は、使いこなせる人の手に渡らない限り、ひとつの木の塊でしかありません。つまり楽器とはクリエイティブな想いがある人の手に渡ってこそ、初めて楽器となるのです。それはテクノロジーも同じです。テクノロジーを使って、どんな音楽を奏でられるようにするのか。そのことを当事者である障害のあるミュージシャンを中心に考えていくことによって、テクノロジーは生きてきます。そうすることで結果的に私たちが考えもしなかったことが可能になるかもしれないのです。その可能性を引き出すためにも、障害のあるアーティストたちが、ちゃんと自分を支援してもらえていることを感じられる環境作りが大切で、その点もドレイクはつねに注意を払っています。

カリーン:障害のある人が自分たちで音楽を奏でる、また奏でるなかでクリエイティブな決断のコントロールが自分でできる状況を作り出す。ラボはその実験と検証を行うプラットフォームなのです。

——最後に、今おふたりが実感している社会的課題とはなんでしょう?

カリーン:設立から25年。ドレイクの試みによって、物理的なバリアは少しずつ外すことができていると思います。その上でまだ根深く残っているものとは、人の感覚や姿勢といった見えないバリアの方です。この現代社会は、障害のある人たちが達成できることに対して、まだまだ低い期待値を持っているということが往々にしてあると感じています。この社会の固定観念こそ、ドレイクを通じて崩していくことが大切だと思います。

ダリル:そしてそのバリアを取り除くために用いるテクノロジーについては、障害のある人たちとのコラボレーションのもと作らなければ、絶対に良いものが生まれないということ。面白くて創造的なものは、共に作られなければ生まれないことも、忘れてはいけない視点です。

カリーン:障害のあるなしに関わらず、人は誰であっても、クリエイティブなのです。その前提に立ちながら、障害のある人たちが表現を通じて発展する機会やスペースをもっとこの社会の中で作ること。これを確実にやっていくことも、ドレイクの使命だと思っています。

2018年3月
編集・文:水島七恵

屋外でアート作品を鑑賞する人たち
2017年にロンドンのクイーン・エリザベス・オリンピック・パーク内で展開した「プランテッド・シンフォニー(Planted Symphony)」では、庭園とアクセシブル音楽テクノロジーを融合させ、老若男女すべての人が音楽を楽しめる空間を創り出した。 ©

Emile Holba

テクノロジーを使った新しい楽器づくりワークショップに参加する人々
ドレイク・ミュージック・ラボ(DMLab)では障害のある音楽家が主導で動き、そのクリエイティブなニーズとアクセス面でのニーズに同時に応える形での新しい楽器開発や既存の楽器のカスタマイズなどをハッカー、テクノロジスト、楽器メーカーと一緒に進めている。 ©

Emile Holba

障害のある音楽家と一緒にアクセシブルなギターを開発するテクノロジスト
障害のある音楽家、ジョン・ケリー氏と一緒に開発したアクセシブルなギター「ケリー・キャスター」の開発過程。 ©

Emile Holba

ドレイク・ミュージックについて

すべての人に開かれ、誰もが参加できる音楽文化を理念に、障害のある人に障害のない人と同じだけ、音楽活動に参加する機会、選択肢やサポートが存在し、障害のあるなしに関わらず音楽家として対等な関係で活躍することができる社会の実現に向け活動する英国のアート団体。音楽x障害xテクノロジーの分野の前衛として25年以上にわたり、障害のあるなしに関わらず多様な人が音楽に親しみ、音楽活動に関わる機会を生み出す補助テクノロジーを創出してきた。あらゆる年齢層の障害のある人々に向けたアクセシブルな音楽サービスを提供するほか、障害のある人の音楽アクセスを向上するために音楽家や文化機関に向けたトレーニングプログラムなども実施。さらには、障害のある音楽家のためにテクノロジーを駆使し先進的でアクセシブルな新しい楽器の開発など、その活動は多岐に及ぶ。

カリーン・メイア / Carien Meijer(ドレイク・ミュージック 代表)

テクノロジーも活用し、障害のあるなしに関わらず、すべての人にとって音楽がオープンで、インクルーシブで、アクセシブルであることを目指して活動している英国の芸術団体、ドレイク・ミュージックの代表。数多くのアーティスト、音楽家、芸術機関、ボランティア団体などとプロジェクトを展開し、2006年より代表としてドレイク・ミュージックに参加。以来、オーケストラやコンサートホールなど芸術機関に対するアクセシビリティ・トレーニングやコンサルティング、教育プログラム、障害のある音楽家を支援するアクセシブル音楽テクノロジーの開発などドレイク・ミュージックの多様なプロジェクトを主導している。

ダリル・ビートン / Daryl Beeton(ドレイク・ミュージック アソシエイト・ナショナル・マネージャー、アーティスティック・デベロップメント)

舞台芸術分野で、障害のある人や若者を対象とした芸術活動に長年従事してきた。2006年から約10年間、若者のための劇団、Kazzumで芸術監督を務め、2013年には長年に渡る青少年のための活動が認められAction for Children’s Arts Members Awardを受賞。2012年のロンドンパラリンピック競技大会のオープニングセレモニーにパフォーマーとして参加。現在、ドレイク・ミュージックでの活動以外に、グレイアイ・シアター・カンパニーのアソシエイトディレクターとして舞台に立つほか、フリーランスの舞台アーティストとして英国内外で活動している。