この文章は、英国ドレイク・ミュージックのアソシエイト・ミュージシャンで、テクノロジーを取り入れた音楽教育プログラムのパイオニア 、ベン・セラーズ(Ben Sellers)氏による英文記事(2021年12月8日投稿)を和訳したものです。日本での活動を振返り、特別なニーズを持つ生徒と一緒に音楽づくりを進める方法について語ります。“トークニズム(形だけ)”のインクルーシブな取り組みにならないように、そして生徒たちが、完成した音楽を“自分のもの”として認識できるように、ビデオを活用する方法を紹介します。
セラーズ氏が参加した、かわさき♪ドレイク・ミュージック プロジェクトのこれまでの軌跡、また川崎市内の特別支援学校の生徒と日本の音楽家と一緒につくった《かわさき組曲》(2021) の世界初演奏動画も併せてご覧ください。
生徒の心から指揮者の指揮棒へ(そしてまた生徒の心へ):《かわさき組曲》ができるまで
2017年以来、ドレイク・ミュージックは、ブリティッシュ・カウンシルおよび川崎市とパートナーシップを築き、日本の音楽家、東京交響楽団とも関係を深めてきました。その目的は、川崎市と、またそこから日本における(障害のある人が音楽づくりや演奏に参加する)インクルーシブな音楽活動の実践を強化することでした。
ドレイク・ミュージックのアプローチで音楽家をトレーニングする
2019年初め、私たちは地域コミュニティの人々を対象にした活動を行う音楽家向けの集中トレーニング・コースを実施しました。そして日本の特別支援学校3校を訪問して、現在英国で有効な手法として認知されている、創造的でその場の流れに身を任せるように進める、生徒中心のアプローチを実演しました。
それは強烈で感情を揺さぶる体験になりました。日本の音楽家たちに、多くの概念をどうわかりやすく日本語に翻訳して伝えればいいか、考えました。彼らは、インクルーシブな取り組みにおける指導験が限られていたし、教育法が根本的に異なる基盤に基づいていたからです。私は自分のアプローチを再評価して、詳細に説明する必要がありましたが、うまくいきました。
私の記憶に残っているのは、非常に限られた動作しかできない生徒が、iPadでB.B.キング風にエレキギターのソロ演奏をして、歓喜の表情で頭をそらしている光景です。彼に合わせて、私と共に訪日したドレイク・ミュージックのメンバーのティムが、アコースティックギターで伴奏しました。そして「見学に来ただけ」と言っていた大勢の人々が、トーンチャイムを鳴らしていました。
私たちは心理学者のミハイ・チクセントミハイが“フロー”と呼び、ベーシストのヴィクター・ウッテンが“グルーヴ”と呼ぶものにどっぷりハマっていたのです。明らかに、この方法で活動することには価値があると思いました。
脚注:“グルーヴ”とは、リズミカルな要素が強いコード進行。これはおそらく、一緒に働く日本の音楽家たちに、説明するのが最も難しい概念でした。
公演の計画とコロナ禍による計画変更
次のステップは、2020年に予定されており、2019年に指導した生徒たちの何人かがステージで東京交響楽団と一緒に公演を行うことでした。しかし、残念ながらコロナ禍でこれが不可能になったため、公演のステージに立つことから生徒たちによる曲づくりへと焦点をシフトしました。
私たちのアイデア:オーケストラと川崎市の音楽家たちが学校へ行き、メロディー、リズム、言葉、コンセプト、サウンドスケープ、効果音、ダンスの動きといった曲づくりのための“素材”をつくり、それを私が“料理”しました。そして完成したものを、日本で最も革新的な指揮者のひとりである原田慶太楼の指揮棒の下、フェスタサマーミューザKAWASAKI 2021のフィナーレ・コンサートで、東京交響楽団が演奏することで“提供”するというアイデアを考えました。
私たちの曲づくりのインスピレーションはヴェルディのオペラ『アイーダ』でした。その中でも特に、コンサートで演奏される予定だった有名曲、《凱旋行進曲》を選びました。
世界的パンデミックの影響で私自身は日本に渡航することができませんでした。そのため、生徒との音楽づくりワークショップは、日本の音楽家たちに任せることになりました。オンラインビデオ会議ツールを使い、セッション前には音楽家たちと一緒に準備。セッション後に届く、記録動画を観て音楽家たちと振り返りながら、次に何をするかを計画しました。
“トークニズム”を回避する
一緒に音楽づくりを行ったのは、英国では“センソリー(感覚的)”と呼ばれる、時間と言語の明確な概念がなく、感覚的な経験を通して世界とつながっている生徒から、非常に有能で機転の利く生徒まで、能力と認知力の幅が広範囲に及んでいました。
私たちの音楽をすべての生徒にとって本物で意味のあるものにするため、そして“トークニズム”や“過程より結果の重視”を回避するために、私たちはいくつかのことを正しく行う必要がありました。
音楽づくりを進めるプロセスのすべての段階で、因果関係を強調する必要がありました。
彼らがつくった(多くの場合は、瞬間的に即興でつくられた)音楽が彼らのものであり、東京交響楽団によってまったく異なる文脈で演奏されたときにも、それが自分たちの音楽であると認識できるようにするためには、どうすればいいでしょうか?
私たちは、楽譜や複雑な専門用語、場合によっては言葉での説明すらせずに、『アイーダ』を表現し、曲に対して創造的に向き合う必要がありました。生徒にとって“自分たちのもの”と感じる障壁となるものは取り除く必要がありました。
生徒たちが楽器(iPad、マリンバ、ドラム、ピアノ、声)を使って直接曲づくりをするとき、私たちはふたつのもののバランスをとる必要がありました。ひとつは、ハーモニーとリズムの自由(それは意図的なものと、微細運動技能の制約によるものがあります)。そして、完成した曲が、伝統的な西洋のクラシック音楽を聴きたくてコンサートに来た聴衆にも、楽しんで受け入れられるものであってほしいという生徒たちの願望(生徒たちにそのような願いがあると仮定して)です。
そのために、生徒たちの音楽の好みや興味を反映すると同時に、彼らが新しい音楽に触れ探求できる場をつくり、その結果得られた“音のるつぼ”を最終的な曲に反映することにしました。
とるべきアプローチの発見
ワークショップがはじまり、生徒たちと知り合うと、彼らに合ったワークショップの進め方が浮かび上がってきました。
重要なポイントのひとつは、「偉大なる作曲家のジュゼッペ・ヴェルディがここにいたら、彼は生徒たちに何を伝えたいだろう?」と自問したときに見つかりました。
私の答え:すべての人間の感情の幅、深さ、妥当性、そして困難な時にも人間のつながりが重要であること。
実際、これがすべての楽曲の、真の意図かもしれません。
そのため、ワークショップの時間は、生徒がはっきりと、またはそれとなく、自分の感情を認識し、音楽家たちと一緒に音楽でこれらの感情を表現することができる空間をつくることが目的になりました。
私たちはこれをいくつかの方法で行いました。
- サウンドスケープまたはグルーヴを創作する
生徒は、そのサウンドスケープまたはグルーヴの上でソロ(または音楽家とのデュエット)を演奏します。生徒は声または楽器を使うか、腕の動きを使って音楽家の演奏を指揮します。私はそのソロ演奏を直接書き写すか、そこから重要なモチーフを拾うか、その時の音楽の本質的な意図であると考えたものを使ってリフをつくります。《かわさき組曲》の第2曲のヴァイオリンとヴィオラのデュエットは、生徒の発声に基づいており、ワークショップでヴィオラ奏者の多井さんが、フラジオレット奏法を使い、生徒の声の抑揚を忠実に再現しています。
- 『ソニック・シグネチャー』(音の署名)をつくる
ドレイク・ミュージックの同僚のアレックス・ルポが考案した造語である『ソニック・シグネチャー』は、人の名前の音節と自然な抑揚を取り入れてメロディーを創作したものです。話し合いの中で(言葉や視覚的な手がかりを使用して)、生徒の性格やその瞬間の気分を反映するように発展させます。最初のセッションでソニック・シグネチャーを作成し、その後、各セッションのはじめにそれを歌ったり演奏したりしました。これにより、グループのメンバーの記憶にそれらが定着し、最終的な公演で各自が認識できるモチーフとして確立されました。
- (生徒の)動きに反応する
音楽と動きは、多くの文化において、切っても切れない関係にある芸術であり、特別支援教育の現場でも、多くの生徒が動きを通して感情を表現します。そこで私は音楽家たちに、『インテンシブ・インタラクション』(重度知的障害を伴う自閉症の人たちと接し、初期のコミュニケーションスキルを教えるアプローチ)と英国の劇団オイリー・カートの活動を紹介しました。音楽家たちは生徒たちの大小の動きに“同調”し、音楽を通してその動きとの対話を始め、新しい動きと新しい音楽を生み出しました。
- ミックスメディアの活用
私たちはまた、モチーフを開発するための基礎として、ストーリーテリングと描画/色彩を使用しました。あるワークショップで、ファシリテーターを務める音楽家は、『アイーダ』の物語を、指人形やダンス、絵を描くことで表現しました。それを通じて生徒たちと、感情について話し合い、音楽のアイデアを生み出しました。
これらのアプローチの組み合わせはうまく機能し、ワークショップを重ねるにつれ私は、オーケストレーション(曲づくり)を始めるための材料がたくさんそろったと感じました。
音楽づくりのプロセスを最終的な作品に結びつける
次なる課題は、音楽的素材の中核を作成したのは、自分たちであることを、どうやって生徒たちにできるだけはっきりと認識させられるか、ということでした。
その答えは、ワークショップの様子を録画したビデオを使うことにありました。
私はワークショップの記録動画で見たり聞いたりしたことを“素材”にして、アレンジを加えて“調理”することを考えていたんです。そこで記録動画から、私が“素材”を見つけた瞬間にズームインして切り取ってつなげてみました。その方法で、ワークショップのどの部分が私にインスピレーションを与えたかを、正確に生徒たちに伝えることができました(これは私にとって、すべての生徒の声が取り入れられていることを確認する方法でもありました)。
各グループのために1本ずつ制作しましたが、もう1本、同じ動画を作りました。それには、ワークショップの音声の代わりに作曲した音楽(NoteperformerとSibeliusを使用して書きだした合成音源)を重ねました。
視覚的にも、どの音楽がどこにはまっているか示すことにより、生徒は自分が提供した“素材”がオーケストラ演奏時にどのように磨き上げられたものになったかを理解することができました。
さらに、3本目の動画も制作しました。そこで私は、生徒たちの音楽に感謝し、クラリネットでメロディーを演奏しました。そしてプロセス説明の後にワークショップの映像に新しい曲の音源を重ねた動画を紹介しました。
興味深い展開として、最後ワークショップの記録動画では私は生徒たちが(動画の中の)私を見ているところを見ることができました。そして、彼らの表情から、多くの生徒がこのコンセプトを理解していることがわかり、安堵しました。
脚注:音楽よりも普遍的な言語が1つあります。それは食べ物です。私自身の体験として、恥ずかしがり屋さんが多いクラスでも、テイクアウトの食べ物が話題になると、生き生きとした会話が生まれることを見てきました。また、温かい給食を食べながら新しい友情が生まれる場面もたくさん見ました。そして、言うまでもなく日本では、料理は作曲と同じくらい洗練された芸術形態です。料理の観点から音楽づくりについて話すことは、言語や文化を超えてつながるための非常に効果的な方法であることを発見しました。
《かわさき組曲》
私たちはこの曲を《かわさき組曲》と命名しました。それぞれ別のグループから生まれた以下の4つの楽曲からなるオーケストラのための曲です。
- ふしぎなポケット
- えがおになれるばんそう
- みずいろのスマイル
- きいろとりどり
世界初演奏は2021年8月9日に多くの生徒を聴衆に迎えて行われ、多くの拍手喝采があり、多くの喜びの涙がありました。しかし、私はそれより前に、プロジェクトは成功するという、強い確信を感じることができました。
プロジェクト終了時の振り返りセッションで、東京交響楽団の音楽家が、今回のワークショップ実践を通して、特別なニーズがある若い音楽家のニーズを本当に満たすには不十分なところも感じたと熱心に語り、次に行うべきさまざまなことを提案しました。音楽家の情熱と決意は、世界の隅々で障害のある人が質の高い音楽活動に参加する環境整備を加速し、それらが社会に定着し、特別なものではなくするために不可欠です。音楽をつくることだけでなく、変化を起こす意欲のある、情熱的な個人が必要なのです。そう思う私の心は、彼の話を聞いて高揚しました。
まとめ
このプロジェクトで使用したアプローチには、以下の要素が含まれていました。
- それぞれに能力の範囲が異なるすべての生徒が自分の内面を表現するためのさまざまな方法を生み出す
- オーケストレーション(曲づくり)のプロセスを“対話”として考える
- 動画を使用して、生徒たちのアイデアがオーケストラ演奏時にどのように展開されたかを示す
これらのプロセスは、気持ちよく進めることができました。日本や他の場所でも広がっていくことを願っています。次に何が起こるか、楽しみにしています。
原文:ベン・セラーズ、ドレイク・ミュージック アソシエイト・ミュージシャン
ベン・セラーズ(ドレイク・ミュージック、アソシエイト・ミュージシャン)
英国におけるテクノロジーを取り入れた音楽教育プログラムのパイオニア。教科書『Teaching Music with Garageband for iPad』をはじめとする音楽教材の著者。これまでBBC交響楽団、ロンドン博物館などの芸術機関や音楽フェスティバル、英国各地の音楽教育機関などを対象にトレーニングを行ってきた。音楽ワークショップを参加者や社会に変化をもたらすものととらえ、現在は特に障害のある人の音楽へのアクセス向上に取り組んでいる。