集合写真のために正面に向かって微笑んで立つ、25名程の人
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British Council Photo by Kenichi Aikawa

2019年3月5日~9日、ミューザ川崎シンフォニーホールを舞台に、障害のある人の音楽へのアクセス向上を推進するプロジェクトの一環として、3つのワークショップが開催された(主催:ブリティッシュ・カウンシル、川崎市)。

テクノロジーを使って、障害のある人々の音楽表現を支えてきた英国のアート団体ドレイク・ミュージック、2020年の『東京オリンピック・パラリンピック』において英国チームのキャンプ地となる神奈川県川崎市、そしてブリティッシュ・カウンシルの協働により、2017年からスタートしているこのプロジェクト。

今回のワークショップではどのような成果が見えたのか、ドレイク・ミュージックの代表、カリーン・メイア氏に話を聞いた。

変わるべきは、個人ではなく社会の側

ドレイク・ミュージックが携わるプロジェクトを語るうえで、まず大切な前提がある。それが障害の定義だ。

例えば、障害のある人が学校や職場に通うときに不自由さを感じる。それを個人に紐付いた“障害“の問題として捉えることを、一般的に『医療モデル』と呼ぶ。それに対して『社会モデル』という考え方がある。社会モデルは、障害を個人に紐付いた問題ではなく、多様な人々が不自由さを感じる”社会の仕組み”の側に問題があると捉える。つまり障害とは個人が克服するものではなく、社会で克服するもの。変わるべきは個人ではなく、社会であるという考え方だ。

ドレイク・ミュージックの活動のベースにあるのは、まさにこの『社会モデル』。ドレイク・ミュージックの代表、カリーン・メイア氏は語る。

カリーン・メイア(以下カリーン):私たちドレイク・ミュージックは、この『社会モデル』をベースに活動しています。そして、障害のある人が音楽を楽しみたい、音楽家として活動したいと考えたときに対面する課題の解決にテクノロジーが役立つと考えています。私たちはテクノロジーの力を使って、物理的なバリアを取り払いながら、障害のある人の音楽参加を促進することで、障害に対する人々の先入観や態度といった、見えない社会的バリアも取り除いていくことを実践しているのです。

音楽とテクノロジーの力で、障害と社会のあいだにある”障壁“を取り外す

そんなカリーン氏は2018年3月に初来日。同プロジェクトを通して、音楽と障害の分野で活動する日本の研究者や芸術団体との交流を図った。障害をめぐる日本の状況についてはどのように感じたのだろうか。

カリーン:5日間の短い滞在でしたが、日本は物理的なアクセシビリティーが進んでいると率直に感じました。一緒に来日したメンバーは車椅子を使用していましたが、「日本での移動はとても楽だった」と話していました。 いっぽうで障害そのものの捉え方、つまり私たちの活動のベースとなっている『社会モデル』については、あまり浸透していないのかなという印象を受けました。例えば、ある打ち合わせで「障害のある人が抱える課題を解決するためのテクノロジー」を紹介いただいたのですが、聞いてみると実際には障害のある人と共同開発していないことがわかりました。 

障害のある人といまの社会の間に、どのようなズレや障壁があるのか。それを障害のある人とエンジニアやアーティストが一緒に探り、解決策を実践するのが、なにより重要だとドレイク・ミュージックでは考えるのです。 

そしてカリーン氏は、「いまもなお、日本から学んでいる」と続ける。

カリーン:もちろん『社会モデル』を、すべての人や場所に適用すべきかというと、そうではありません。英国でもさまざまな議論があって、例えば、障害があることを主張する必要がある人にとっては、『医療モデル』のほうが適している場合もあります。このように障害と社会をめぐる問題は非常に複雑なので、社会全体に浸透するためには、途方もない時間がかかります。そういった意味でもドレイク・ミュージックの活動が英国だけに限らず、日本でも行えることはとても貴重だと考えています。

部屋の中央に立って話す人
左から、ドレイク・ミュージックのティム・イエイツ氏、クリス・ハルピン氏 ©

British Council Photo by Kenichi Aikawa

椅子に腰かけて、左手に持ったiPadの画面を右手人差し指で触って操作している人
指だけでなく、ひじや足で画面に触れ、バイオリンなど、さまざまな楽器の音を出して演奏できるiPadアプリを紹介するドレイク・ミュージックのベン・セラーズ氏 ©

British Council Photo by Kenichi Aikawa

手袋型のウェアラブルデバイスを装着して、ピアノを演奏するような仕草をしている人
ウェアラブルテクノロジーを使った「Mi.Mu Gloves」で自身の楽曲を披露するクリス・ハルピン氏 ©

British Council Photo by Kenichi Aikawa

机の上に広げられた模造紙とそこにイラストを描く人の手
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British Council Photo by Kenichi Aikawa

大きな部屋で弦楽器や金管楽器、iPadなどを手に円になって立っている20人くらいの人
アクセシブルミュージックテクノロジーも使いながら、参加者全員で音楽づくりを体験するミニジャムセッションを行った ©

British Council Photo by Kenichi Aikawa

協働で楽器を開発し、新たな音楽の景色をつくる

2019年3月5日〜9日、ミューザ川崎シンフォニーホールで開催された2つのワークショップのプログラムには、障害のある人をはじめ、オーケストラの楽団員、音楽療法士、エンジニアなど、多様な人たちが参加した。

『障害のある人を対象とした音楽ワークショップのファシリテーター育成トレーニング』は、iPadなどのテクノロジーを取り入れた参加型音楽プログラムが日本でも持続していくようにと、音楽家や教育者らを対象にしたスキル育成ワークショップ。

『障害のある音楽家と共に進めるアクセシブルな楽器開発』は、テクノロジー関係者や障害のある音楽家と一緒に、障害のある音楽家の音楽的ビジョンを実現するテクノロジーを考えるワークショップ。

ドレイク・ミュージックからは、アソシエイトミュージシャンのベン・セラーズとクリス・ハルピン。そしてR&Dプログラムリーダーのティム・イエイツの3名が来日。2018年の経験を踏まえ、より実践に踏み込んだプログラムを実施した。

カリーン:今回、ドレイクから参加した3人はいずれもベテランのメンバー。ベンはiPadアプリを活用した革新的な音楽プログラムを実践してきたミュージックファシリテーター。ティムは、サウンドアーティスト・ミュージシャン・エンジニアで、テクノロジーを使ってクリエイティブな音楽を作る才能に長けています。クリスは、テクノロジーを使って自身の音楽表現を形にする歌手、作詞作曲家として活躍する障害のある音楽家です。

じつは3人ともワークショップの本番までは、文化も言語も違う国での取り組みに多少の不安があったようです。でも当日を迎えてみると、日本の音楽家たちは皆とてもオープンで、新しいことへの挑戦に意欲的だったと、とても嬉しそうに語ってくれました。なかでも『障害のある人を対象とした音楽ワークショップのファシリテーター育成トレーニング』で、トレーニングを受けた音楽家が実際に障害のある若い人たちと一緒に音楽づくりを実践する機会があったのですが、そのときの手応えが大きかったと、ベンが熱く話していました。

インクルーシブな音楽活動を目指して

英国と日本で活動する、障害のある音楽家やエンジニアが出会い、お互いの経験やスキルを共有しながら過ごした密度の濃い5日間は、「ドレイク・ミュージックにとっても刺激的な時間でした」とカリーン氏は語る。

2019年12月にはふたたびドレイクのメンバーが来日し、テクノロジーを活用したDIY楽器づくりワークショップを行った。

カリーン:日本において、障害のある音楽家やエンジニアたちによるコミュニティーをつくり、障害のある人が演奏する新たな音楽の景色をつくる。2019年はそのコミュニティーを育てていくためのスタートを切れたと思います。唯一の課題は、やりたいことがたくさんありすぎて「時間が足りなかった」ということ。でもそれはいい課題として捉えています(笑)。

この協働プロジェクトのひとつのゴールは、『東京オリンピック』が行われる2020年に、障害のある人がステージに立つインクルーシブな演奏会を川崎市で開催すること。今後もドレイクは才能あふれる日本の音楽家やエンジニアたちと交流を深めていきたいです。そして日本の音楽家たちが自分たちの力で、新たな音楽の景色をつくり出していくことを願っています。

インタビュー・テキスト:水島七恵 編集:佐々木鋼平(CINRA, Inc.)

 カリーン・メイア

テクノロジーを活用し、障害のあるなしに関わらず、すべての人にとって音楽がオープンで、インクルーシブで、アクセシブルであることを目指して活動している英国の芸術団体、ドレイク・ミュージックの代表。数多くのアーティスト、音楽家、芸術機関、ボランティア団体などとプロジェクトを展開し、2006年より代表としてドレイク・ミュージックに参加。以来、オーケストラやコンサートホールなど芸術機関に対するアクセシビリティートレーニングやコンサルティング、教育プログラム、障害のある音楽家を支援するアクセシブル音楽テクノロジーの開発などドレイク・ミュージックの多様なプロジェクトを主導している。

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