動画言語:日本語、英語(日本語、および英語クローズドキャプション付き)
※字幕をオンにしてご視聴ください。
2022年3月3日、『かわさき♪ドレイク・ミュージック プロジェクト』の関係者をスピーカーに迎えたオンライン・フォーラムを開催しました。メインテーマは、『オーケストラ・ホールと地域との新たな関わり』。2017年にスタートしたプロジェクトのプロセスや成果をそれぞれの立場から振り返り、連携のあり方について議論を交わしました。
世界共通語ともいえる音楽は、あらゆる障壁を超え、新たなつながりを生み出す手段となり得ます。これからの社会において、オーケストラやホール、音楽家はどのように地域と関わり、多様な人々が文化芸術に参加する機会を広げていけるのでしょうか。
- プロジェクトのこれまでの軌跡は、『かわさき♪ドレイク・ミュージック プロジェクト』―ともに歩んだ活動の軌跡 よりご覧ください。
障害のある人の音楽表現をサポートする、日英共同プロジェクト
フォーラムは、神奈川県川崎市市民文化局 オリンピック・パラリンピック推進室 室長の原隆氏による主催者挨拶からスタートしました。川崎市は、市制80周年にあたる2004年より『音楽のまち・かわさき』を掲げ、同年にオープンした『ミューザ川崎シンフォニーホール』をシンボルに、音楽を通じたまちづくりを行っています。同ホールは、川崎市とフランチャイズ契約を交わす東京交響楽団の本拠地でもあります。
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会で英国チームのホストタウンを務めた川崎市は、大会を契機に、共生社会の実現に向けた『かわさきパラムーブメント』を推進。2017年よりブリティッシュ・カウンシルと手掛ける『かわさき♪ドレイク・ミュージック プロジェクト』も、その一環で展開されています。
英国のドレイク・ミュージックをはじめ、川崎市、東京交響楽団、ミューザ川崎シンフォニーホール、ブリティッシュ・カウンシルが一体となって進める今回のプロジェクト。2019年からは障害のある人の音楽表現をサポートするテクノロジーを活用した参加型音楽ワークショップを開催し、こうしたプログラムの実践者の育成トレーニングを実施してきました。
2021年には、ドレイク・ミュージックの音楽家であるベン・セラーズ氏とともに、トレーニングに参加した音楽家と、川崎市内の特別支援学校の生徒たちが新たな曲づくりに挑戦。コロナ禍でドレイク・ミュージックのメンバーの来日が不可能になるなど、予期せぬ事態に直面しながらも、強固な連携をもとに《かわさき組曲》を完成させ、同年8月に世界で初披露しました。
プロジェクトの中核をなす『障害の社会モデル』
このプロジェクトの中心にあるのは、『障害の社会モデル』という考え方です。ドレイク・ミュージックもこの考え方をベースに、障害のあるなしにかかわらずあらゆる人が音楽に親しみ、創造性を発揮する社会を実現するべく活動しています。社会モデルでは、障害のある人が不自由を感じる場合、その人ではなく社会が変わるべきだと考えます。ドレイク・ミュージックの代表を務めるカリーン・メイア氏は、プレゼンテーションのなかで次のように語りました。
「ドレイク・ミュージックが関わる、障害のある人たちの多くは、既存の楽器を演奏することができません。そのため私たちは、障害のある音楽家やテクノロジスト、楽器メーカーと協力しながら、新たな楽器の開発や楽器の改造に取り組んでいます」
障害のある人が楽器に合わせるのではなく、障害のある人が演奏できるように楽器をつくり変えるのです。このようにして、すべての活動は社会モデルに基づいて進められてきました。
1993年に設立されたドレイク・ミュージックは、これまでに学校や大学、芸術団体のほか、オーケストラや音楽ホールなど、さまざまな組織とパートナーシップを結んでいます。プレゼンテーションでは、そのなかから、英国を代表するオーケストラの一つである『ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団』とのプロジェクトが紹介されました。『OrchLab』と呼ばれるこのプロジェクトでは、オーケストラに所属する音楽家と、ドレイク・ミュージックの音楽家やテクノロジストがチームを組んで福祉施設やデイケアセンターでワークショップを開催し、新たな楽器や曲をつくる活動を行っています。
また、ロンドンにある総合文化施設『バービカン・センター』とのプロジェクトでは、誰でも自由に出入りできるパブリックスペースを使って、障害のある音楽家によるパフォーマンスを披露。障害のある人がどれほど急進的な音楽を提供できるのか、一般向けに紹介しました。これは、障害のない人が障害のある人に何かを提供することとは、全く逆のアプローチです。
もちろん、ドレイク・ミュージックは、このような画期的なコラボレーションを、設立当初からスムーズに実現できたわけではありません。長い年月をかけて音楽学校やコンサートホールをたずね、協働を呼びかけてきました。カリーン・メイア氏は語ります。
「最近では、多くのオーケストラからコラボレーションの問い合わせが入ります。オーケストラも、障害のある人との活動に、真剣に取り組んでいます。2012年のロンドンオリンピック・パラリンピック競技大会をきっかけに、多くの資金提供団体が、優れた芸術や音楽に参加する機会を広げることをより重視するようになってきました」
何度も意識の共有を図り、方向性のブレを防ぐ
続いて行われたパネルディスカッションのテーマは、「障害のある人の音楽アクセス向上とインクルーシブな音楽プログラム実践のこれから」。2021年8月に、プロジェクトを象徴する《かわさき組曲》が、東京交響楽団の演奏によってミューザ川崎シンフォニーホールで披露されました。本来は生徒たちも演奏に参加する予定でしたが、コロナ禍の影響で客席での鑑賞となりました。
舞台となったのは、日本のオーケストラが華やかな競演を繰り広げる『フェスタサマーミューザKAWASAKI 2021』。《かわさき組曲》はそのフィナーレを飾ったのです。一般のコンサートのなかに、障害のある人たちによる楽曲を組み込む。それは、まさに画期的な試みでした。
モデレーターを務めた音楽ジャーナリストの池田卓夫氏は、《かわさき組曲》にまつわる取り組みや背景を聞いたときのことを振り返り、「プロジェクトの意義やその素晴らしさは理解できましたが、これまで体験したことのない試みで、どんな展開になるのか見当がつきませんでした」と語ります。
東京交響楽団 フランチャイズ事業本部 課長の桐原美砂氏は、障害のある人たちとの音楽プロジェクトに取り組みたいとの思いを持ちつづけていました。拠点とするミューザ川崎シンフォニーホールにも協力を仰いだものの、どういったものを提供できるのかを説明するのは難しかったそう。
「何がその突破口になるかといえば、アーティストへの信頼でしかないのかなと思います。プロジェクトに関わる音楽家の人たちが、ドレイク・ミュージックのベンさんや指揮を務めた原田慶太楼さんと何度もミーティングを重ねました。どんな音楽になったとしても、素晴らしい作品になることは間違いないという信頼があり、私たちも全力で取り組みました」
そこで重要な鍵となったのが、関わる人たちの意識の共有です。このプロジェクトの目的は、障害のある人たちと音楽家が一緒になって、聴衆が楽しめる作品を構築していくこと。ミーティングやワークショップを行うたびに、みんなでその方向性を意識してきたといいます。そうしたなかで、「このプロジェクトはおもしろいかもしれない」と思う人が少しずつ増えていきました。その人たちから周りに伝わっていくことで細い線がいくつもつながっていき、本番のコンサートを迎えることができました。
「フェスタサマーミューザKAWASAKIは当ホールのシンボル的な事業です。そのフィナーレで《かわさき組曲》を演奏するにあたっては、さまざまな議論がありました」と、ミューザ川崎シンフォニーホール 事業企画課 課長補佐の山田里子氏は語ります。しかし、このプロジェクトのコンセプトは、障害のある人のためのものではなく、芸術性の高いものを行うこと。その意義を実感したホール側も、心を動かされていったと振り返ります。