動画言語:日本語、英語(日本語、および英語クローズドキャプション付き)
※字幕をオンにしてご視聴ください。
2020年から続く新型コロナウイルス感染症の世界的流行により休館を余儀なくされた美術館や博物館、劇場は少なくありません。そうしたなか、文化活動やアートに触れる機会の提供を続けるためにできることは何か、世界中の文化芸術団体に運営の工夫が求められました。
オンラインの活用は効果的な施策のひとつですが、同時にその課題も浮き彫りになりました。インターネットの情報やサービスへのアクセスのしやすさ、すなわちアクセシビリティの問題です。とくに、“障害のある人のアクセシビリティをどのようにデザインするか”は、大きな社会課題となっています。
パンデミックが収束した後も、オンラインプログラムの充実や、アクセシビリティ向上の必要性がなくなることはないでしょう。多様なニーズを捉え、あらゆる人のアクセシビリティを追求することは、文化芸術機関の未来を考える上で重要なテーマです。
2021年3月25日、ブリティッシュ・カウンシルでは、英国と日本から先駆的な取り組みを行う3人のスピーカーを迎え、オンライン活用にまつわる課題解決のためのヒントを探る、オンライン・フォーラムを開催しました。オンライン配信の工夫、アクセシビリティを高めるための環境整備など、各スピーカーの経験とノウハウを共有しました。
アンリミテッドが行ったコロナ禍におけるアーティスト支援
「アンリミテッド」は、障害のあるアーティストの活動を英国全土で支援することを目的に設立された団体です。フォーラムではまず、そのシニアプロデューサーであるジョー・ヴェレント氏が、オンラインを使った具体的な取り組みを紹介しました。
パンデミックの中にあっても、多くのアーティストの作品づくりの支援ができたというヴェレント氏。その成功要因として、予算の適切な分配、オンラインイベントへの移行、障害のあるスタッフの自宅作業を可能にする機器の整備、情報の精査などを挙げました。
活動のオンライン化にあたっては、考慮すべきことがいくつかありました。第一に、オンライン化は、すべてのアーティストにとって都合がいいわけではないということ。これについては、電話などの旧来のコミュニケーション手法を使って解決していきました。オンライン化により、ますます複雑化したアクセシビリティの課題には、ケースごとの対応の必要性を実感したと言います。
そうしたなか、アーティストに対する報酬に関する意識も変化していきました。コロナ禍で明らかになったのは、例えばフリーランスと正規雇用労働者の経済状況のギャップです。アンリミテッドでは、少額からのサポートが可能な『マイクロアワード』を設立。簡単な手続きで多くの人に資金が提供できる仕組みを整え、困難な状況にあるアーティストの支援にあてました。
アンリミテッドは、アーティストに、「オンラインで作品を無償提供しないように」と伝えています。アーティストが生計を成り立たせるためには、対価が必要です。また、字幕作成や手話通訳、オーディオガイドの制作など、アクセシビリティを高めるためにも資金を確保しなければなりません。
このほかヴェレント氏は、フェスティバル運営を事例に「リーチという観点ではオンライン配信の力は非常に大きい」と、オンライン配信によるアート関心層拡大の可能性についても言及しました。
障害のある人の声をアクセス向上に役立てるAttitude is Everything
障害のある人が主導し、ライブ音楽イベントへのアクセス向上に取り組む英国の団体Attitude is Everything。リサーチ&キャンペーン部門の責任者であるジェイコブ・アダムス氏は「障害のある人が観客、出演者、従業員、ボランティアとしてイベントに参加することをビジョンに掲げている」と話します。
彼らが大切にしていることとして、アダムス氏は次の3点を挙げました。ひとつは“アクセスとは、アイデンティティ、コネクション、パッション、そして夢のような時間を得る機会である”という考え方。アクセスできるからアイデンティティを持つことができ、好きなアーティストとつながりをもつことができ、情熱を表現する機会を得ることができる。また、コンテンツを心から楽しむ時間を得ることもできるのです。
次に“障害のある人は多様であり、彼らこそが専門家である”という考え方。“アクセス”という言葉から車いす利用者のことを連想しがちですが、障壁(バリア)となるものはさまざま。同時に、人それぞれ、経済的状況も違うことを忘れてはいけない、と話しました。
最後に“社会にあるバリアが障害を生み出していることに気づくこと”。アダムス氏は、社会がどのようなバリアをつくっているのかを認識し、それを見直すことが大切だと続けます。アクセシビリティの向上は誰もが取り組むことができるものであるとし、その一歩を踏み出すことの重要性を強く訴えました。
Attitude is Everythingでは、かねてより障害のある人の声を音楽業界や会場運営者に届けることに力を入れてきました。ライブ会場のアクセシビリティについての評価システムの構築もそうした活動のひとつです。コンテンツを万人に楽しんでもらうため、運営者が配慮すべきことをまとめたアクセスガイドの作成にも精力的に取り組んでいます。その一部は日本語翻訳もされ、ブリティッシュ・カウンシルのウェブページからもダウンロードできます。
バリアフリー型のオンライン劇場づくりに取り組むPrecog
日本で社会課題に向き合う作品をつくり続けている株式会社Precogの金森香氏は、バリアフリー型の劇場運営で得た知見を中心に語りました。
2019年、日本財団主催の『超ダイバーシティ芸術祭』の事務局運営に携わったことをきっかけに、Precogはアクセシビリティ問題と大きく関わるようになりました。このイベントでバリアフリーサポートを担当した経験から、バリアは、少しの努力で取り除くことができると実感したと言います。その後、パンデミックによってオンライン配信が主流となるなか、劇場に実際に行けなくても、行ったような感覚を味わってほしいという思いから、バリアフリー型オンライン劇場THEATRE for ALLを始めました。
THEATRE for ALLが取り組むのは、字幕や音声ガイド、翻訳をつけた映像のオンライン配信だけではありません。予備知識不足による“わかりにくさ”もバリアのひとつであると考え、それを補うためのラーニングプログラムやコミュニティ活動の整備も行っています。
こうした活動から文化庁の収益強化事業に採択され、2021年の2月、3月には30本の動画作品と17本のラーニングプログラムを公開。プロジェクトでは多くの制作者が初めてアクセシビリティの課題にチャレンジ。
「アクセシビリティを高めるにはどうしたらよいのか、アーティスト自身が向き合った結果、多くの作品が生まれました」と、金森氏。その具体例として、タイのアーティストが音楽や言葉のイントネーションを波形で表現した作品や、日本の落語のオノマトペをビジュアルで表現した作品などを紹介しました。
このほかにも、ダンスを視覚障害のある人に伝えるための活動や、福祉施設のなかに作品鑑賞ができる環境を整備するためのクラウドファンディング企画など、さまざまな事例を紹介。「作品配信だけでなく、制作の過程、鑑賞後のディスカッションまでをオンライン型の劇場としてとらえていきたい」と話を結びました。
多様なニーズに応えるためのプランニングと、デジタル・ディバイドにおける課題
フォーラム後半では、視聴者からの質問に答える形でパネルディスカッションが行われました。
さまざまなニーズを持った人々に対してオンライン配信を行う際に気を付けるべきことは何か、プランニングにあたって注意するべきことは何か、という質問について、ヴェレント氏は次のように答えました。
「公演を本当に届けたい相手は誰なのかを考え、適切な公演時間やリーチ方法を、プランニング段階からデザインすることが必要です」
アダムス氏はヴェレント氏の意見に同意を示すとともに「デジタルスキルを持ち合わせていない人がいるなかで、それらの人々をどのように巻き込んでいくか考えていく必要がある」と付言。一方、金森氏は、アクセシビリティに真摯に取り組むには、時間と人数を割く必要性を痛感していると訴えました。
また、アダムス氏の回答から、デジタル・ディバイド(情報格差)の課題と各国の対策についても話し合われました。アダムス氏は「コンピューターを持っていないことで排除される人に対しては、地域コミュニティの支援が大事」と補足。各団体への資金援助だけでなく、テクノロジー活用への支援の必要性と、テレビやラジオのようにすでに普及しているプラットフォーム活用の重要性についても言及しました。
さらに、障害のある人にどのようにして公演情報を届けるか、あるいはどのようにチケットを販売するか、という質問についても議論が繰り広げられました。金森氏はTHEATRE for ALLの事務局運営の経験から、チケット販売については電話申し込みや銀行振り込みを制度設計に盛り込むこと、広報は点字版を郵送するなど、プラットフォームに頼らない個別対応が必要、と回答。またヴェレント氏もアンリミテッド・フェスティバルの運営経験から、ニーズのバランスをとる難しさについて触れました。
最後に、モデレーターを務めたブリティッシュ・カウンシルの湯浅が「コロナ禍のこの1年があったから見えてきたものもある」と語り、この先も国や地域を超えてオンラインでつながる機会をつくりたい、とフォーラムを結びました。
スピーカー・プロフィール
ジョー・ヴェレント(アンリミテッド)
障害のあるアーティストの活動を英国全土で支援することを目的に設立された「アンリミテッド」のシニアプロデューサー。アンリミテッドから生まれた作品は2012年、ロンドン五輪開幕に先駆けて行われたカルチュラル・オリンピアードのクライマックス「ロンドン2012フェスティバル」で披露されたことで知られ、障害のあるアーティストによる優れた芸術活動に対する認知度の向上と活躍の場の拡大に貢献している。
ジェイコブ・アダムス(Attitude is Everything)
2000年以来英国のライブ音楽業界を支援している、障害者主導型のチャリティ団体「Attitude is Everything」のリサーチ&キャンペーン部門の責任者。ろう者や障害のある人に覆面調査員としてコンサートや野外イベントに参加してもらい、その報告をもとにガイドラインを作成するほか、ライブハウスやコンサート・ホール、音楽フェスティバルの運営者と協力しながら、あらゆる人々が同じように楽しめるバリアフリーな会場作りのための支援を行う。
金森 香(株式会社Precog)
様々なイベントの企画・運営を担当するパフォーミングアーツの制作会社Precogの執行役員。芸術祭の企画運営、ファッションショー、出版企画のプロデュースなどの経験をもつ広報・ブランディングディレクターでもある。Precogはアクセシビリティに特化したオンライン劇場 THEATRE for ALL(令和2年度戦略的芸術文化創造推進事業『文化芸術収益力強化事業』)の運営を行い、バリアフリー・多言語対応を施した動画配信の実践についての経験をもつ。