「あらゆる声なき声を芸術に反映させるために」

第二次大戦後の1946年に設立されたアーツカウンシル・イングランド。イングランドにおける芸術文化の持続可能な発展と、社会のあらゆる人々が芸術に触れる機会を提供することを目的としながら、多様な芸術活動への資金提供やアドボカシーを行なっています。日本でも「アーツカウンシル」についての議論が活発になり、各地の地方公共団体で導入する動きも生まれてきています。そのアーツカウンシル・イングランドから、主にダイバーシティへの取り組みを担うアビド・フセイン氏が来日。ブリティッシュ・カウンシル主催のフォーラムへの登壇の合間に、お話を伺いました。

ダイバーシティの解釈は人それぞれ違うもの

―まずはアーツカウンシル・イングランドの目的について教えてください。

優れた芸術文化をあらゆる人に提供すること(Great art and culture for everyone)。これが2010年からの10年間、私たちが掲げたミッションです。またこのミッションを実現する上で5つの柱があります。1つ目は優れた芸術文化が発展し、賞賛されること。2つ目は優れた芸術をあらゆる人が経験し、インスピレーションを受けることができること。3つ目は芸術文化機関が回復力を持ち、そしてそれが持続可能であること。4つ目は芸術文化機関を運営し、リードする人たちが多様であり高いスキルを持つこと。最後、5つ目はすべての子供や若者が早い時期から芸術文化の豊かさを体験する機会をもつこと。そしてこのすべてにダイバーシティの概念は内包されてます。

―ダイバーシティの解釈は、国や人の立場によって少しずつ変化を伴うものですが、アビドさんご自身はどのように解釈されていますか? 

おっしゃる通り、ダイバーシティの解釈は人それぞれ違います。例えばスウェーデンを始めとした北欧諸国であれば、ジェンダーがとても重要視され、中東であれば宗教的なアイデンティティが注目を集めます。またアジア地域ですと、高齢者や障害のある方の権利について特に声が挙がるでしょう。そういったなかでダイバーシティの本質とは、社会の中でまだ声を上げられていない人たち、代表とされていない人たちが誰なのかを見極め、考える姿勢のことだと私は考えます。なので、ダイバーシティという言葉そのものにはあまりとらわれずに、どの人の声を聞き、広く伝えていくべきなのか。まずはその点にフォーカスしてみるのはどうでしょうか。その上で、メディア、劇場、美術館関係者や私たちアーツカウンシルのような資金提供する側の人間たちは、彼らの声をすくいとって発表する場、表現する場を適切に提供していくことがとても大切だと考えます。

―アーツカウンシル・イングランドが現在取り組んでいるダイバーシティ関連のプログラムについて具体例を聞かせてください。

ここ数年、力を入れて取り組んでいるもののひとつに障害のあるアーティストの活動を支援するということがあります。例えば「アンリミテッド」。これは、障害のあるアーティストによる作品制作のための資金提供と制作委託、制作の上で必要となる専門技能の育成、制作された作品の上演や展示、アーティストの国際進出ならびに国際コラボレーションの促進を目的とした取り組みで、英国全土で2009年から取り組みが始まり、私たちは2010年から資金の助成を始めました。この「アンリミテッド」を通して新たに委託されたアーティストや団体による作品は、2012年のロンドンオリンピック・パラリンピックの文化プログラムの主要プログラムのひとつとして披露され、高く評価されました。なかでもスキューバーダイビングの経験のないアーティスト、スー・オースティンが、車椅子を水中に沈めて行ったパフォーマンスは、障害のあるアーティストに対する見方を変えてしまうほど、世界に大きなインパクトを与えました。ロンドン五輪から6年が経った今、「アンリミテッド」はさらに強化され、国際的な取り組みになっています。

アンリミテッド ─ 障害のあるアーティストの活動支援
Artist: Sue Austin, ©

Photographer: Norman Lomax

BSO Resound at the BBC Relaxed Prom ©

Bournemouth Symphony Orchestra, Photographer: Kirsten McTernan

―日本もまた、2020年に東京大会を迎えるにあたってダイバーシティに対する意識、態度は一般社会のなかでも問われはじめています。

実は今回来日して、東京の地下鉄に乗ったときにはっとさせられる光景を目にしました。それは東京大会の公式ロゴです。ロゴのタグラインを見てみると、「Unity in Diversity」と書かれてあったのです。それはまさにロンドン大会の際にダイバーシティのメッセージをベースに掲げていたビジョンと全く同じだと思い、思わず写真を撮ってしまいました。

―アーツカウンシル・イングランドのダイバーシティ関連の助成プログラムで現在どのような団体が資金提供を受けていますか?

助成先のひとつとしてボーンマス交響楽団があげられます。ボーンマス交響楽団はドーセット州プールに拠点を置く英国の交響楽団ですが、楽団として、より多くの優れた障害のある音楽家を起用したい、彼らが演奏する機会をもっと作っていきたいと考えたわけです。私たちはこの考えに対して資金を提供することにしました。そして初めて障害のある音楽家8名によるアンサンブルが生まれたのです。私たちは過去17年間、英国でクラシック音楽に対する資金を提供してきましが、障害のある音楽家によるアンサンブルの実現は初めてのこと。これは画期的なことだったと思っています。

―資金の金額面についてですが、どのぐらいの規模感で動いているのでしょうか?

もし私が5年前に日本の皆さんの前でお話をするならば、楽団への資金をおそらく1,000ポンド、20,000ポンド提供したという話をしていたかと思います。けれど、今は何百万ポンドのレベルで提供しています。つまり、その活動に対する適切な水準の資金提供を行うことができて、初めて本当の意味で私たちがすべきことを反映した質の高い芸術作品が生まれてくるということです。例えば私たちはここ3年間の期間で、11億ポンドの資金を芸術文化に投資しています。これは日本円で約1,680億円に相当する金額になります。

―主な資金源について教えてください。

大きくは政府から得ている補助金、これは税金が財源となっています。もうひとつは、宝くじから得ている資金です。集まった資金は公的な資金ですから、公益性を担保する必要があります。そのため政府からの助成に関しては、政府に対する説明責任を担っていますし、同時に資金提供を行っている対象団体には、この資金に関してはどのような活動を行っているか報告を出してもらいますし、私達はそれを政府に報告しています。 何よりも行っていること全てにおいて、質が高いということが重要なのです。 

―今、率直に感じている英国のダイバーシティの取り組みに対する課題とはなんでしょう?

障害のある人が芸術文化のフィールドで仕事をする機会がまだ圧倒的に少ないことです。私たちが戦略に基づいた資金提供(National Portfolio Funding、NPF)を行っている英国の代表的な芸術機関や文化施設に関して言いますと、600以上の団体があるうち、障害のある人はわずか4%の人しか雇用されていなかったのです。イギリスの人口の20%が何らかの形の障害を持っていることを考えると、4%しかいないのは、かなり過小です。なぜ雇用に繋がらないのか、そこにどんなバリアがあるのか検証しながら、優秀な人材をこのセクターに採用していく仕組みを作っていくところです。早急に障害のあるアーティスト、雇用者が抱えているバリアを調整、修正をする必要があります。

―アビドさんがアーツカウンシル・イングランドの一員となるきっかけについて、教えてください。

私自身は17年前にアーツカウンシル・イングランドに入りました。それまでは日常の暮らしに関わるガスのパイプラインを扱う会社にテクノロジストとして勤務していました。大学ではマーケティングの学位を取っています。このことからもわかるように、私は17年前まで、芸術文化にまつわるバックグランドはひとつも持っていません。ですが、実はマーケティングと芸術は近しいところにあると思っています。なぜならマーケティングの本質はどのようにストーリーを語るか。そこに正解も不正解もありません。それが重要で、まさに芸術も同じです。なので自分のなかではそんなに乖離はしていないのです。

―ダイバーシティの担当ディレクターという役職に対する想いを聞かせてください。

ダイバーシティ担当ディレクターになるまでは、4つの異なる職務を経験してきました。そんななか4年前にそろそろ新しいことに挑戦したいなと思っていた矢先に、ダイバーシティのディレクターをやらないかという話をいただき、就任したのです。今ではとても思い入れのある仕事となりました。その理由のひとつに自分のルーツはあると思います。私の両親はともにパキスタン人で、私自身、パキスタン出身の移民の子なのです。

―パキスタンから英国へ渡った経緯とはなんでしょう?

生活が苦しく両親が出稼ぎのために英国へ渡りました。そして英国で私は産まれ、これまで暮らしてきたんです。私が子供の頃、それは1980年代ですが、当時の移民の子は板挟み状態でした。英国では本国に帰れと言われましたし、本国に帰れば現地の言葉を流暢には話せないので、イギリス人と言われたり。今は時代も変わりそのような問題に直面することはあまりありませんが、当時はよく、自分は何者なのかを考えされられました。例えばテレビのチャンネルを回してもパキスタン出身のタレントや俳優が番組に出演することはすごく稀なことでしたし、その状況を変えるには何が必要なのかいつも問う日々でした。そんななかで、あるとき自分自身の存在にある程度折り合いをつけながら、居心地よく過ごせるのが芸術の世界だと気づいたのです。実際、17年前にアーツカウンシル・イングランドを通して芸術文化の世界に飛び込むことによって、私自身は本当の意味での自分の声を社会に対してあげられるようになりました。それまで自信がなかったことに対して自信を持てるようになったのです。

―自信が持てるようになった理由とは?

いい質問ですね(笑)。前提として、社会のなかには至るところに事前にプログラミングされたもの、教え込まれたものというのがあります。例えば就職用の面接に私が行ったとします。そうするとなんとなく面接官の求めている答えを察してしまって、その答えに自分を合わせようする。これは就職に限らず他者との関係性において、誰もが経験済みではないでしょうか。ところが芸術はその逆で、自分の価値観を自分の言葉で語れることで初めて成立するものです。それが芸術の素晴らしい側面だと思いますし、ゆえに芸術文化は個人の人生のスキルを上げる上でとても有効だと、私は信じているんです。私と同じような人種、境遇、考えを持つ人たちを始め、多くのまだ声をあげられていない人たちをしっかりと芸術のなかに反映されるようにするにはどうすればいいのか。それは個人としてもダイバーシティ担当ディレクターとしても、何ができるのかをこれからも考えていきたいんです。

―最後にダイバーシティの側面から、アーツカウンシル・イングランドのこれからの戦略と目指すところを教えてください。

次の戦略は2020年から2030年の10年間のサイクルになります。この10年間は私たちにとっても非常に重要なものとなるでしょう。というのも、この期間に英国の人口の特徴も大きく変わっていくことが客観的なデータからわかっているからです。何より障害のある人や高齢者が増大していきます。それに伴う課題は、助成をする側、政策を立案する側としても真剣に取り組んでいかなくてはいけません。英国は平等に関して法制度の枠組みがかなりしっかり整えられています。なので、この法制度をもとに課題への取り組みが進められていきますが、アートやダイバーシティに関する平等というのは、法で定めているから取り組むという姿勢ではなく、創造的な理由からまず取り組んでいく必要がある。そのマインドを作り上げることが次の私たちのミッションであると思っています。

アビド・フセイン Abid Hussain
アーツカウンシル・イングランド・ダイバーシティ担当ディレクター。パキスタン出身。平等性、多様性、インクルージョンに関する戦略を指導。芸術機関やそのリーダーの多様性を推進するための助成プログラム「チェンジ・メーカーズ」や「エレベート」の戦略開発の指揮をとるほか、2012年のロンドン五輪を契機にスタートした障害のあるアーティスト活動を支援するプログラム「アンリミテッド」にも積極的に関与している。

編集・文:水島七恵 

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