だれもが音楽にアクセスし、創造性を発揮することをねらいとしたLSOの音楽作りのメソッドは、2018年よりLSOメンバーによって日本の音楽家に共有され、日本の小中学校、高齢者施設、障害者施設などでもLSOのメソッドをベースにした音楽作りワークショップが実施されてきた。昨年と今年はLSOメンバーの来日が叶わなかったが、これまでにLSOのトレーニングに参加しノウハウを学んできた日本の音楽家たちと、ワークショップへの積極的な関心を持つ学校とのタイアップは実現し、2021年もワークショップが開催された。またオンライン・リソース「LSO Play」など、デジタル技術への積極的な取り組みを行うLSOらしく、音楽家や学校の先生に向けたワークショップについても、オンラインでの実施がなされた。
そうした2018年からの流れを振り返り、また未来に向けた意見交換の機会を設けようと、ブリティッシュ・カウンシルではZoomによるオンライン・フォーラム「オーケストラ・ホールと地域とのこれからの関わり〜ロンドン交響楽団との連携プロジェクトを振り返りながら〜」を開催した。実施は2021年9月3日。オーケストラや音楽ホールの関係者、教育現場の関係者ら、多岐にわたる人々が参加した。
登壇者は、アンドラ・イースト氏(ロンドン交響楽団LSO Discovery部門長)、今井由喜氏(渋谷区立上原中学校教諭(音楽科))、梶奈生子氏(東京文化会館事業企画課長)、竹内恵氏(介護老人保健施設ろうけん隅田秋光園 / 音楽療法士)、村松裕子氏(コントラバス奏者/新日本フィルハーモニー交響楽団)の5名。ブリティッシュ・カウンシルの須藤氏の進行によって、プレゼンテーションや意見交換が行われた。
LSO Discoveryが目指したこと
前半は、イースト氏から、LSOが展開する教育プログラムDiscoveryの目的、プログラムの実施内容と成果、コロナ禍における新たな取り組み、プログラムに関わる音楽家のモチベーション、LSO Playの紹介や意図などのプレゼンテーションで開始した。スライドや動画などを活用しながら、およそ30分にわたり、ポイントがわかりやすく説明された。以下は紹介内容の一部である。
- Discoveryはコミュニティ・アウトリーチと教育プログラムからなる。
- LSOの楽団員、すなわち音楽家の意思主導でスタートした。
- 多様のコミュニティ向けのプログラムやワークショップが組まれ、コロナ前は延べ6万人の参加者、1000を超えるイベントが行われてきた。
イースト氏がここで強調したDiscoveryのねらいとは、オーケストラやクラシックの音楽的体験に対して、あらゆる年代・バックグラウンドを持つだれもが障壁なくアクセスできる方法の試みであり、次世代の音楽家の支援やトレーニングも提供していくということだ。音楽家にとっても、ホールのステージ上で演奏するだけでは不可能な、コミュニティとの繋がりが強まり、人々との絆が深まり、次世代の育成にも貢献でき、強い充実感と幸福感がもたらされているという。コロナ禍においては、ロンドンのロックダウン中もオンラインの新プロジェクトを成功させた。作曲家Ayana Witter-Johnsonと若い学生たちによるオンライン上の共同制作が実現し、新しい創作方法による作品も生み出されたという。
イースト氏の話に続き、ブリティッシュ・カウンシルの須藤氏からは、日本における2018年からの取り組みを振り返るプレゼンがなされた。2012年のロンドン五輪の際にLSOが実現した地域コミュニティとの音楽プロジェクトのレガシーを、東京2020大会へとつなげ、日本でも音楽を通して多様な地域社会との関わりを深められるような担い手を増やしたいという思いから実践されてきた、下記のような内容の紹介である。
- あらゆる人から創造性を引き出し、ワークショップをリードできる人材育成のために、日本の音楽家延べ46名がスキルトレーニングに参加。
- 障害者施設、高齢者施設、ジュニアオーケストラ、学童クラブなどで、のべ200名ほどがワークショップに参加。
- デジタルリソースを活用した、LSOメンバーによる2021年のオンライン・ワークショップの実施。
また、LSOの教育プログラムにも長らく関わっているアニマトゥールのレイチェル・リーチ氏の動画コメントも紹介された。2018年からの日本でのプロジェクトを通して日本の音楽家や幅広い市民と対面・オンラインで繋がり、出会いが増えたことへの喜びが語られていた。
「多くの人に音楽をもっと好きになってほしい」さらなる連携に向けて
フォーラムの後半は、プロジェクトに関わった日本側の関係者によるフィードバックとディスカッションである。各スピーカーからの印象的なコメントをご紹介する。
■村松裕子(コントラバス奏者/新日本フィルハーモニー交響楽団)
良い演奏をすることだけが音楽家の使命と思っていた自分にとって、レイチェルのワークショップとの出会いは、音楽人生のターニングポイントとなった。楽器があってもなくても、どんなバックグラウンドを持った人とも音楽は共有でき、コミュニケーションを図れることを知り、その方法をレイチェルから学んだ。多くの人に音楽をもっと知って好きになってほしい。ワークショップを行うには音楽家の熱意だけでは実現できない。事務的なサポートや提供の場が欠かせない。連携できる公共機関やオーケストラの事務局が増え、音楽家が協同できる地盤を作っていくことが日本での課題だと感じる。
■今井由喜(渋谷区立上原中学校教諭(音楽科))
今年のワークショップで、日本人の音楽家から子どもたちは大きな発想力の刺激をうけていたようで、アンケートには「次はこうやってみたい」というアイディアもあり、次につながるものを感じた。教師にとっても、音楽家や作曲家との連携は世界を広げてくれて、とても大切。連携はどんどん進めたほうがいい。ただし、日々の授業にどう組み込めるか、教師がよく考え、工夫することが大事。一回の単発イベントのようにならないように、事前の打ち合わせを重視したい。段取りの確認だけではなく、学校側としても希望を伝えるなど、内容に踏み込んだ打ち合わせを積み重ねていくと、広がっていくと思う。事前準備で使用したLSO Play は驚くほど素晴らしいオンラインリソース。こちらもやはり、学習指導要領というガイドラインにそった日本の授業の中に、どう取り込むかは工夫次第だが、生かせると素晴らしい。
■竹内恵(介護老人保健施設ろうけん隅田秋光園 / 音楽療法士)
2018年からレイチェルさんらLSOメンバーがワークショップを開いてくれたことは、驚きと喜びでいっぱいだった。3年間で28人が参加した。驚くことに、音楽ワークショップを受けた人たちの健康状態が良くなり、すぐに自宅に帰れたり、他の施設での受入が早くきまったりした。高齢である自分たちが、一人の人間として尊重してもらえた、必要とされたという実感を、音楽を通じて得られたことが大きかったようだ。ワークショップの前後も積極的な活動が起こった。歓迎の飾り付けや挨拶など、終わったあとは感謝の印に絵を創作するなど、積極的なアイディアが出て、ワークショックの力は持続する。次回のワークショップまで元気でいたいと意欲が湧き、ご家族からも感謝のお手紙が届き、スタッフも幸せを味わった。
■梶奈生子(東京文化会館事業企画課長)
東京文化会館では教育プログラム、ワークショップの国際的連携は2013年のポルトガルとの協同から始まり、コミュニケーションの育成に重きを置いて取り組んできた。コロナ禍においては、人と人との接触をなくしつつも、いかに心の触れ合いを生み出せるかを課題としながら、これまでの方法を大胆に変えたり、他の機関とも一緒に試行錯誤で続けてきた。高齢者施設に出向くのは難しくなったが、特別支援学校などではオンラインに切り替えて提供できた。国際的連携によってワークショップを行う上で大切なのは、ノウハウをそのまま実践するのではなく、日本の土壌にあったものに変えて提供するのも、文化施設としてできることだろう。継続的に事業を進めるには、公的サポートも受けながら、しっかりと予算を立てることが重要。ゆくゆくは連携している文化施設が主体となって、地域に根差したものになっていけるのではと期待している。
最後に、イースト氏より、組織間によるパートナーシップの重要性が強調された。LSOでは、恩恵を互いに受け合えるような団体はどこなのか、互いにないものを持っていて尊重しあえる施設などをしっかりと調べて、時間をかけて関係性を構築してきたとのことだ。Discoveryの信念と方法論、LSO Playのようなデジタルツールが、時間をかけて日本のファシリテーターや参加者に生かされ、その成果がゆっくりと花を開くためにも、さらなる日英のパートナーシップの重要性を再確認するフォーラムとなった。
(取材・文=飯田有抄 )