LSOの音楽家とトレーニング参加者がオンラインで交流している
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British Council

ブリティッシュ・カウンシルとロンドン交響楽団(以下LSO)とが協同して実施している「Discovery for 2021〜あらゆる人と音楽を奏でる喜び」(2018年より開始)は、オーケストラや音楽家と、地域社会との関わりを深めることをねらいとしたプロジェクトである。その一環としてクラシック音楽に日頃から馴染みのない人々を含め、あらゆる年齢層やバックグラウンドを持つだれもが、自由な創造力を働かせ、音を出す喜び、音楽する楽しさを発揮できるような「音楽づくり」のワークショップが行われている。

例年はレイチェル・リーチ(作曲家/LSOワークショップ・リーダー)とLSOのメンバーが来日し、日本の音楽家や学校の先生などを対象に、LSOのワークショップの手法を伝えるセッションが行われてきた。コロナ禍にある2021年は、レイチェルおよびLSOメンバーの来日が難しいことから、英国と日本を中継で結んでのオンライン・セッションで行われた。本レポートは、その概要をお伝えするものである。

7月17日に学校の先生、8月12日に音楽家を対象として、リーチの主導でセッションが行われた。サポート役として参加したLSOメンバーは、首席トロンボーン奏者ポール・ウィルナー(7/17)、副主席バイオリン奏者サラ・クイン(両日)、チェロ奏者アマンダ・トゥルーラブ(8/12)。先生向け・音楽者向けともに参加者はそれぞれ20名程度。音のなる道具や楽器を準備して臨んでもらった。日頃リーチが対象とする7~11歳の子ども向けワークショップを前提としたセッションである。

■5つの構成からなるワークショップ

まずはリーチよりワークショップ全体の構成が説明された。全体で5つの項目で組み立てられている。

1:ウォームアップ 
2:題材についての説明・導入
3:お題に合わせ、グループに分かれて創作
4:グループで作ったものを発表、みんなでまとめる
5:みんなで演奏する

2~4は大きな曲を作る場合など繰り返すこともある。なお、創作の題材とする音楽作品は、LSOのレパートリーから選ばれている。すでに日本語版が完成・無料公開されているインタラクティブWebアプリ「LSO Play」の活用が可能である。LSOの演奏動画のほか、ダウンロード可能な教育用パッケージも用意されており、作品や作曲家についての解説のほか、作品の素材をワークショップで具体的にどう扱うかの説明なども確認することができる。

今回のセッションは、ベルリオーズ作曲の「幻想交響曲」を素材とする場合の事例が紹介された。

1: ウォームアップ

まずは、参加する生徒の集中力を高め、楽しくワークショップに臨んでもらうためのウォームアップの紹介である。任意の4つの数字を用い、4箇所の体の部位をトントンと叩くというゲーム感覚のエクササイズだ。ここで重要なのは、「数字は何がいい?」「体はどこを使う?」などとファシリテーターとなる先生や音楽家(以下、ファシリテーター)が子どもたちに投げかけ、彼らの自発的な発言を促し、どんな答えが返ってきても、否定せずに必ず受け止め、採用していくことである。体を叩くとき、サポートで入っている音楽家に楽器を鳴らしてもらう。数字を変えると、叩くのが難しくなるため、実際のウォーミングアップの現場では、子どもたちはかなり盛り上がり、楽しく集中できるようになるという。

2: 題材についての説明・導入

つづいてファシリテーターは、題材となる作品の作曲家や書かれた背景などの説明を行う。リーチの例示では、子どもたちにわかりやすいように、ベルリオーズがハリエット・スミスソンに一目惚れしたこと、彼女に捧げる交響曲が作られたことなどが話された。さらに、「ハリエットのメロディー」をサポートの音楽家の演奏で聴かせる。ポイントは、覚えられる程度の非常に短いフレーズであること。さらに、そこに言葉(e.g. ハリエット、愛してる、愛してる、愛してる)をつけたり、ジェスチャーをつけたりして、みんなで歌って、体を動かす。ここでも「どんな言葉、どんな動きがいい? 間違いはないから、好きなポーズを考えて」などとたえず子どもたちに投げかける。

楽器でも音を出させる。難しければ、打楽器でリズムだけでも良いし、2音、3音ずつにメロディーを区切って演奏させるなど、必ず全員を参加させるようにする。リーチによれば、ここで楽譜を書いて示すことはしない。「音楽の読み書きを教えるのではなく、音楽の創作を行うのがねらい」であるからだ。

3: お題に合わせ、グループに分かれて創作

続いてファシリテーターは、「ベルリオーズはハリエットのメロディーをいろんな形で登場させて、ハリエットをいろんな場所に連れて行きました。街中や、パーティーや、田舎など。たとえばここで、ハリエットが馬に乗っている場面を考えて、音楽にしてみましょう」と、題材説明からお題へとつなげていく。具体的には「パカパカという蹄の音」「ひひ〜んとのけぞる様子」、そしてハリエットのメロディーを「乗馬」している感じで演奏してみる、という3種類をすぐに表現させる。子どもたちには挙手してもらったり、ファシリテーターが子どもの楽器を見ながら「じゃあ○○さん、ひひ〜んみたいな音を出してみて」などと促す。3種類のアイディアが出てきたら、その順番を子どもたちに決めてもらって3種類を通してみる。こうした過程ではお題がわからなくなる子も出てくるので、ファシリテーターはくりかえし説明を丁寧に行っていく。

「ハリエットと馬」のシーンを全員で創作したあと、今度はグループに分かれて別のシーンを創作してみる。「ハリエットを火星でも海底でもどこか好きなところに連れて行きましょう! ハリエットのメロディーを入れることがルールです」などとファシリテーターが投げかける。このセッションでは10名程度ずつ2組のグループに分かれ、音楽家がファシリテーター役となって創作を行った。制限時間はなんと5分! 実際には、8〜10分ほど与えても、子どもたちには「5分」と伝え、集中力を持たせることが重要とのこと。時間内で、「ハリエットをどこに連れて行く?」とシーンを決め、「それをどう表現する?」と、リズムやメロディーの弾き方・歌い方などを考え、誰がそれをやるかもアイディアを出し合って決めてゆく。

本セッションの4つのグループではそれぞれ、「空を飛ぶ」「常夏の美しい島」「遊園地」「タイでゾウに乗る」という設定で創作が行われた。参加者はシンバルや太鼓などの打楽器、グロッケンシュピールやピアノなどの鍵盤楽器、しゃもじとフライパンなどの日用品、さまざまな楽器を手に、シーンを表すメロディーと効果音的なリズムや声を使って表現。演奏順や構成は、ファシリテーター役の音楽家が参加者に「だれからやりますか?」などと投げかけながら、総意を得ながら進めていった。ここでも、どんな表現でもファシリテーターは否定せず、みんなで楽しみながら創作を行うのが大切だ。

4: グループで作ったものを発表、みんなでまとめる

制限時間が来たら、各グループごとに演奏して発表する。他のグループの演奏を注意深く聴かせて、「どんな場面なのか」を当てさせる。実際のワークショプでは、子どもたちの闊達な意見が飛び交うことになるという。「なぜそう感じたの?」などとファシリテーターが問いかけていくと、子どもたちは積極的に発言してくれるという。

5: みんなで演奏する

最初に全員で作った「馬」のシーン、それがらグループごとに作ったシーンをまとめてひとつの作品として、みんなで演奏する。その際も順番は子どもたちに決めさせるように、ファシリテーターが声がけをする。

■双方向的なアイディアの交換により能動的な創造性を育む

このようにして、「幻想交響曲」の第1楽章を素材として扱ったワークショップの実践例がリーチの主導で示された。なお、第3楽章ではオーボエとコーラングレの対話を、ベルリオーズと羊飼いの「コール&レスポンス」として取り上げ、イラストや吹き出しでセリフを紙に書いてもらう方法も紹介された。子どもたちが音楽に興味を持って注意深く耳を傾けることをねらいとしている。リーチによれば、「3つのアイディア」を提示させることがワークショップでは効果的である。音楽作品内にある既存の素材(ここでは「ハリエットの主題」など)を生かしたり、物語や設定を自分たちで考えて当てはめてみたり、抽象的な詩などを用いる方法もあることも紹介された。

また、作品を事前に鑑賞させてしまうと「こんなに本格的なものを作らなくてはいけないの?」と子どもたちが躊躇してしまうこともあるので、今回のセッションの例のように、まず創作させてから第1楽章を聴かせるのがよい場合がある。自分たちの創作とリンクさせながら、意識的に鑑賞できるようになるからだ。また、第3楽章の楽器間の応答の例のように、先に作品を聴かせるときには、イラストやセリフを創作させながら鑑賞させるのが効果的だという。リーチは「このような様々な教育的アイディアが『LSO Play』の中にパッケージ化されているので、興味をもって活用してもらえると嬉しいです」と締め括った。

ファシリテーターと子どもたちが双方向的にアイディアを交換し合いながら、題材を生かして創造性を働かせる。こうした取り組みが、日本の教育シーンやイベントや施設などでも柔軟に取り入れられていくと、想像性のみならず、音楽鑑賞も、一段と能動的で深いものへと育まれていきそうだ。

(取材・文/飯田有抄)

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