都市での新しい体験をデザインする
英国ブリストル市を拠点とするメディアセンター、ウォーターシェッドが立ち上げた、“Play”をキーワードに都市の未来を考える新しいイノベーションプラットフォーム「Playable City」。驚きと遊び心のあるアイデアから生まれた作品に贈られる「Playable City Award」の2014年度最優秀賞作品『Shadowing』が、昨年から始まった「Playable City Tokyo」の一環として、また都市を舞台にしたテクノロジーアートの祭典「Media Ambition Tokyo 2016」の参加作品のひとつとして、東京の虎ノ門ヒルズで3月21日まで公開中だ。
『Shadowing』は暗い街で街灯の下を通りかかったとき、自分の影とともに、そこにいるはずのないほかの人の影が映し出されるという作品。実はその影は、過去にそこを通った人の影をデフォルメしたもので、自分の影もまた、次にそこを通る人のために記録されているのだ。実際には出会っていない人同士が同じ場所を共有することによって、そこに関係性が生まれ、過去の誰かと交流したり、街の記憶が積み重なっていく。何も知らずに作品に出くわすと驚くが、しくみがわかると手を振ったり、影で遊んでみたくなる。まさに驚きと遊び心たっぷりの作品だ。
この作品をつくり上げたのは、2015年にロンドンで立ち上げられたデザインスタジオ「Chomko & Rosier(チョムコ & ロジア)」。カナダ出身のジョナサン・チョムコと英国出身のマシュー・ロジアによるデザイナーユニットだ。もともとインタラクティブデザインを背景に持つジョナサンが、おもにソフトウェアやプログラミングなどを手がけ、建築の領域が専門のマシューが構造的な部分や設計を手がけるが、構想やコンセプトは二人で練っていく。特に、どんなプロジェクトでも綿密なリサーチを心がけているという。
「街を特別にするものは?」
今回の「Playable City Award」に応募する作品をつくるにあたっては、「都市を特別にするものはなんだろう?」ということを考えたそう。
「街にはたくさんの人がいて、交流したり、同じスペースを共有したりする。街にとって人が大切だということを体験できる作品にしたいと思ったんだ」とジョナサン。マシューも「ほかの人と一緒にいるという体験を、より印象強くするにはどうしたらいいかと考えたよ」と話す。たまたまジョナサンが街灯の下を歩いているときに撮った、自分の影の写真にインスピレーションを得て、そこからアイデアが生まれていったという。
英国では2014年にブリストル、2015年にヨーク市で展開し、2016年3月までロンドンのデザインミュージアムでも展示されている。街の中で展示する場合は、英国の一般的な街灯のランプヘッドを使い、そこに装置を組み込んでいる。外見からは通常のランプヘッドと同じように見えるため、余計驚きがあるが、人々の反応はさまざまだそう。まったく気づかずに通り過ぎる人、ちょっと変だなと気づいたり、キョロキョロするけれど何もせず通り過ぎる人、好奇心を持って何が起きたのか理解しようとする人、わかって遊び始める人、といくつかの段階があるのだという。
「プロセスがある作品だから、展示するときは1か月くらい長期的に展示することが大切。毎日そこを通る人が、だんだんしくみを理解して参加するようになるからね。ここ虎ノ門ヒルズはオフィスビルだから、人々がどういう反応をするのか興味があるよ」とジョナサン。また、過去の影は鮮明ではなく、輪郭がぼやけていてどこか現実味がないが、そこにも重要な狙いがあるとマシュー。「影をぼんやりさせたり抽象化するのは大切だった。もちろん誰の影か特定できてしまうのはプライバシーの問題もあるけれど、小型カメラでとらえられていると思ったら、余計な意識がはたらいてしまって遊びたい気持ちになれないだろう?」たしかに、いまや防犯カメラが街のいたるところに設置されているが、そんな現実を逆手にとったユニークな作品ともいえる。
テクノロジーは人が新しい体験ができるようになるためのツール
彼らの作品は、単にテクノロジーを使っていることだけが特徴なのではなく、そこに人が関与して何かが生まれる、インタラクティブなしくみやその発想に独創性があると言っていい。「テクノロジーを使うということが目的ではなく、人にとって新しい体験ができるようになるためのツールとしてテクノロジーを使っているんだ。その体験もただ新しければいいということではなくて、つまりずっとスマートフォンを見ていたりするのではなく、より人間的な関わりをつくることに興味があるんだ」とジョナサン。マシューも「テクノロジーは、街や空間、環境、場所の歴史といったことと人をつなげることができると思っている。視覚だけではない違った体験の仕方ができるように、体験をデザインするのはおもしろいし、テクノロジーはそれを可能にするいいツール。またそれを、できるだけ自然に体験できるようにするというのも大切だと思ってるよ」と話す。
東京は"Playable"な街?
ジョナサンは観光客としては東京に来たことがあるそうだが、マシューは今回が初めて。ラーメンが好きだというジョナサンは東京で食べられる多様な食を楽しんでいたようだし、マシューもさまざまな建築や広告のビジュアルなど、ほかの国では見られないような、いろいろな発見があったよう。二人とも東京をとても気に入っていたようだが、東京ははたして“Playable”な街なのだろうか?ジョナサンは「東京には社会の暗黙のルールや制約がいろいろあるような気がするけど、それを突破できれば、いろいろなことができるんじゃないかな。電車の発着メロディが駅によって違ったりするのもPlayable Cityっぽいし、テクノロジーのスキルが高いから、街としてのポテンシャルはあると思う」と話してくれた。
またウォーターシェッドのクリエイティブ・ディレクター、クレア・レディントンはこう話す。「東京にとってのPlayable Cityとはどういうことなんだろうと、ブリティッシュ・カウンシルや彼らと一緒に探っていきました。東京は、たとえば禅カフェのような場所のすぐ隣に最先端のテクノロジーがあったり、いろいろなものが隣り合わせで共存しているという印象を受けました。そういう素地があるということは、Playable Cityの次のステップとしてもすごく可能性があると思います。Playable Cityが、自分たちが住んでいる街を新たな視点で見るきっかけになればと思っています」