■アセスメント・リテラシー
教員にはテストの基本原理を知っておく必要があると言いました。このような知識をアセスメント・リテラシー(assessment literacy)と言います。たとえば、一言でスピーキング・テストといっても、本来はやりとりをする、意見を述べる、説明する等さまざまな下位技能を確認するためにテストが作られています。各テストがどのような下位技能を測定しようとしているのかを理解していなければ、スピーキング・テストのために効果的な準備指導はできないでしょう。ましてテスト準備指導を通して使えるスピーキング力をつけることには、結びつきようがありません。IELTS、TOEFL、英検どんなテストでも事情は変わりません。何を測定しようとしているのかを分析して、目標を定めて指導しなければ効果は得られません。しかし、必ずしもすべてのテストが、使用者にわかりやすい形で各テストの原理を説明して公表しているわけではありません。そこで、テスト使用者(多くは教員)が対象となるテストを分析して、下位技能などの測定対象となっている能力を割り出すことが必要となります。その方法の一つがリバース・エンジニアリング(逆行分析)です。
テスト作成には設計図が必要となります。テスト作成のための青写真―つまり設計図をテスト細目(test specifications)と言います。対象となるテストを分析して、そのテストはいったいどのような青写真を基にして作ったのだろうか、その青写真を作り直すことを通してテスト問題の意図を探るという、大変意義がある作業だと思います。必ずしも大規模テストではなくても、各学校で行っている中間テスト、期末テストを含めて、このような設計図を作っていなければ、これまでに作ってきたテストを見なおして、改めて青写真を作り直すことを通して、テストの質を高め、さらに生徒がどのような学習をすればテスト勉強になるのか、そして英語力養成につながるのかについて理解が深まることになります。つまりアセスメント・リテラシーを養成する機会となることでしょう。
■試験と普通の英語能力育成を一致させるための理論
さて、私の体験、そしてこれまで行われてきた研究の成果を紹介しながら、テストと指導、学習の一体化の方法について理解を深めてきました。そこでわかってきたことは、一方にテスト等の評価方法があって、一方に指導と学習がある。その間にビリーフ、知識、動機、態度が介在して波及効果が起こるというものです。試験のための準備学習、準備指導、受験に限らずどんな試験でも、試験の勉強というのは普通の能力とスキルをなるべく一致させることが要件となりますが、そのためには一貫した理論が必要となります。
そのような理論のひとつに原因帰属理論(attribution theories of motivation)があります。もう一つの理論はイノベーションの普及理論(Theories of diffusion of innovations)、これはビジネス・マネジメントの考えで、品物が売れる条件等を解明することを目的とした理論です。外国語教育でも、ある指導方法は広く普及するのに、ある方法はすぐにすたれてしまう、それはなぜか、どういう条件で広まっているのかをテーマとして多くの研究が行われています。その結果に合わせて英語の試験準備教育・学習が、英語運用力をつけるために使われるようになるためにはどのような条件を満たさなければならないかを考えてみます。
第一に、相対的優位性(relative advantage)です。試験のための準備指導、準備学習、それになんらかの優位性が認められなければなりません。次に両立可能性(compatibility)。テストのための勉強・指導、普通の英語能力を高めるための勉強・指導・学習方法、それが全く別だと試験準備は何か特別のものとなってしまいます。第三に複雑性(complexity)。試験のための指導方法が複雑すぎると広く使われるようになりません。スピーキング・テストのための指導がとても複雑であるならそれは広まらないでしょう。第四に試行可能性(trialability)。指導・学習方法を試してみることができるということです。テストのための指導法を使ってみることができるということです。そのためには指導法が具体的であり使い手に理解されるようでなければなりません。最後に観察可能性(observability)。試してみて、その結果をやってみて、何らかの結果を目にすることができなければなりません。
先ほども触れたリスニング・テストを例としてみましょう。IELTS、TOEFL、TOEIC等はもちろんですが、英検、センター試験、各大学の入学試験等も作成者は実に多くの時間をかけて苦労して作っています。特に後者はテスト問題が実施後全て公開されますし、さまざまな難易度の問題を練りに練って作られています。みなさんはどのようにこれを使って指導されますか。全く使わない、生徒に自分でやっておけという手もあります。テープを流して生徒に聞かせて解答させ答えあわせをすることもできますが、同じ問題は二度と出ませんから、この答え合わせをするのは有意義な時間の使い方とは言えないように思います。一つの使い方としてリスニングの英文を読解問題に使うということができます。リスニングの英文は読解問題よりも易しく作られていますから、まずは聞かせる、メモを取らせる、生徒同士で内容の確認をさせた上で読ませるといった多角的な使い方ができるかと思います。
ハーマー(Jeremy Harmer)は良い授業には必ず、Engage―生徒に授業に関わりを持たせる、Study―対象の言語的特徴に焦点を置いた指導、Activate―言語を実際に使ってみる、これら3つの要素があると言います。あるいは、ネーション(Paul Nation)によると、meaning-focused input(意味の理解)、meaning-focused output(意味のある言語産出)、language-focused learning(言語要素の学習)、fluency-development(流暢さに焦点を置いた練習)、これら4つの構成要素(four strands)を設定しています。イノベーション理論に従えば、テストのための指導においても、学習者に授業に関わりを持つことを促し、発音、語い、文法、文章構造等について知識を得て、それを使ってみる機会を受験者に与えるということが、役立つ英語力を鍛える受験指導のあり方につながることでしょう。
基調講演 part1 | part2 | part3