スピーキングの評価と指導―今後に向けて
松尾 美幸 指導教諭
ゴードン・アラン(ブリティッシュ・カウンシル トレイナー)
ロビン・スキプシー(ブリティッシュ・カウンシル アカデミックマネージャー)
■「評価」に注目したきっかけ
松尾:難しいテーマなので本当はなるべく避けたい話題ですし、私は専門ではありませんので不安もあります。けれども、「評価」は単に生徒の成績をつけるためだけのものではなく、生徒が言語の学習者であるだけでなく、言語の使用者として成長するために、学習の方向やヒントを与えるという意味で非常に重要なものだと思います。
ロビン:渡部先生の講演で、生徒が試験をコントロールしていると感じているか、試験にコントロールされていると感じているか、というお話がありましたが、松尾先生の学校では、生徒たちがとても積極的に試験に参加しているように見えました。
ゴードン:私の場合、全国の先生方に教員研修を行う中で、例えば、スピーキングのアクティビティを紹介すると、「これをどう評価すればいいのか」と頻繁に質問されます。また、アクティビティについて、「これは試験に入っていないから生徒達が学ぶ必要はない」と言うのもよく聞きます。そこから、試験には何が含まれているのか、「評価」する目的は何なのかを学びたくなったのです。
ロビン:松尾先生、先生の生徒達はスピーキング・テストに意欲的な様子でしたが、これまでのご経験から、一般的に高校生は英語を話すことに対してどう思っているとお考えですか。
松尾:生徒達に、英語4技能のうちどれを一番上達させたいかと聞くと、ほとんどが「スピーキング」と答えます。英語が話せるとカッコいいですからね。4技能試験が導入されることになり、これからは生徒たちに一定レベルのスピーキング力が求められますから、普段の授業においても適切なスピーキング活動や公正な評価が必要になります。
ロビン:生徒たちが話せるようになりたいと考えているのはいくつかの研究でも示されていますが、実際に生徒に英語で話すことについてどう思うか聞くと、「好きではない」と答える生徒が多いのはどうしてだと思われますか。
松尾:生徒たちは日本語でも発言や議論をする経験があまりありませんし、目立つのを嫌がります。福岡高校での最初の授業で、生徒たちに「文法が分からないから話せない」と言われたショックを今でも覚えています。生徒たちが話した内容を高く評価するようにしたら、だんだんと英語で話すようになりました。内容が最優先です。
ゴードン:今日のセッションでは、「スピーキング」にもさまざまな種類があるということを実感していただいたと思います。ですからさまざまな「スピーキング」がある中で、生徒が何を前提にしているかを理解する必要があります。松尾先生が生徒たちの「スピーキングは正しい文法が重要」というとらえ方を「内容が重要」に変えたことで、彼らの態度を一変させたのはとても重要な点だと思います。
ロビン:ライティングでも同じようなことが言えますね。文章の間違いばかりを指摘すると、生徒たちはどんどん書かなくなっていきます。内容に対してフィードバックを返せば、生徒たちはより書くようになります。
■会場とのQ&A
Q:IELTSの評価基準を拝見しました。IELTSの方は言語能力をかなり見ているようなのに対して、松尾先生の方は意欲だったり、内容だったりを重視し、大分違う印象を受けたのですが、どのように考えればよいのでしょうか。
松尾:まず1回目の試験ですから、ハードルを高くせずに、どこまでできるようになったかを確認するテスト、と生徒たちには言っています。外部試験のCan do listではなく、学校独自のもの、生徒に授業したものが目標になります。
ロビン:ひとつ重要なことは、IELTSも内容に対する評価基準があり、回答は与えられたトピックに沿っている必要があります。もうひとつ、最も重要な点として、IELTSの語いと文法に関する評価は、正確性だけでなく種類(の多さ)も対象になるということです。
ゴードン:IELTSに「やり取り」を評価する記載が無いのはIELTSのスピーキングはインタビューだからです。インタビューはスピーキング・テストでよく使われますが、「やり取り」の力を測ることはできません。
ロビン:IELTSはパフォーマンス評価ですが、学校では必ずしも常に同様のテストが適しているとは限りません。渡部先生のU字学習曲線のお話にもありましたが、学習者は段階を踏んで学んでいくので、知識が正確でない段階でも進歩している感覚を持てるようにすることが望ましいでしょう。
松尾:ひとつ付け加えさせていただくと、試験官である学校の先生方としても、その場で評価ができるためのトレーニングも評価基準についての共通認識もあまり細かくできていない状況で、1回やってみたというところもあり、きちんとした語学試験に比べると細かい評価基準にはなっていません。けれども、私たちにとってもストレスなく、生徒たちにフェアな、お互い納得いく形を相談してこの形になりました。
Q:準備の段階について、高校生活が始まって2ヵ月で、これだけの内容を英語の授業の中で準備できるのでしょうか。後、このようなグループディスカッションは準備の仕方はどのようにされているのか。一人でしゃべるというわけにはいけないので、「テストまでに練習をするため先生の方に来ていいよ」と言っているのか、どんな準備を提案しているでしょうか。
松尾:授業で話をするということにこの2ヵ月間で十分に慣れてきているので、子どもたちにとっては新しい課題ではないんですね。普段の授業の中でやっていたものをつないだテストで力が測れるようになる。できるだけそういう持って行き方をしました。
Q:ブリティッシュ・カウンシルのトレイナーの方々は、授業以外のIELTSなどのスピーキング・テストにはどのように準備すればよいとお考えですか。
ロビン:インタビュー形式のテストで私自身も経験があって、生徒にも勧めるのは、頭の中でトピックについて考え、何を言うか想像してみる方法です。うまく言葉が出ない事柄があれば辞書で調べます。生徒たちには、例えば、「リストにあるトピックについて他の生徒が質問しそうなことを想像して、それに対する自分の答えを考えてみましょう」と説明してもいいですね。もし静かな場所で一人になれるなら、会話を声に出して練習するのもとても効果的です。
ゴードン:忘れてはいけないのは、例えばIELTSのインタビューテストが目標だったとしても、常にその練習だけをする訳ではなく、会話の練習や新しい語いを学んだり、間違いから学んだりする、さまざまな段階を踏んで学習するということです。テスト準備の具体的なことで言えば、まずそのテストを受けてみて、生徒たちの課題を理解することだと思います。たとえば、このトピックについて話すためには語いが足りないのだな、と分かれば、何をしなければならないかが明確になります。
ロビン:テスト前にできることとしてもうひとつ、テストの形式を実演し、評価基準と合わせて良い例、悪い例、平均的な例を生徒に見せると、生徒たちは自分がテストを受ける際のかなりはっきりとしたイメージを持つことができます。
ゴードン:今日のワークショップと同じような活動を生徒としてみると良いと思います。具体的に何を、どのようにテストされるのかが理解できるので、学習目標も具体的になります。
Q:松尾先生に3つ質問です。1つ目は、パフォーマンス・テストの全体的な評価の割合、2つ目は、ルーブリックの評価基準と点数の割合と、そこに至るプロセス、最後に、教員の評価のスキルアップについて、教えてください。
松尾:初めてなのであまり辛くつけないように、T1とT2を照らし合わせて教員で話し合いました。25点満点で各クラスとも大体20点ぐらいでした。全体の評価の中でのペーパーテストの割合を55%に圧縮し、パフォーマンス・テストは15%です。その他、ポートフォリオ、ライティング、レポートを全部評価して、最後に総点をつけるシステムです。
ルーブリックのほうは、今回平均点が高く出てしまったので、Can doリストを年間の指導計画と合わせて調整しなければならないところにきています。今までは評価の見直しは年に1回で、Can doや目標は変えるべきものじゃないという思いがありました。けれども、Can doリストや学習到達目標は生徒の変化と共に変わるので、気づいた段階で調整しないといけないです。
教員の評価のスキルアップについては、生徒の幸せのために頑張りたいと思わない教員はいませんし、自分の授業を良くしたいと思わない教員もいませんので、自分の授業を良くしてかつ生徒たちが伸びるための共通理念・共通項を掘り下げていくと、必要なものにたどり着きます。教員の経験値が足りない部分もありますが、教員が生徒たちをここまで到達させたいという思いと、生徒たち自身がここまでできるようになりたい、というところをきちんと共有できる教室を作る覚悟を組織の中に作れるかどうかだと思います。「できる」という場を与え、それに見合った評価をする、チームワークも合わせて大事になると思います。
ロビン:3つ目の質問、生徒のスピーキングを評価するための教員のスキルアップについて、2つできることがあると思います。ひとつは、英語教員全員で質問を確認し、お互いに回答してみることで、生徒の実際の回答を予想し、質問が現実的かどうかを検証できます。もうひとつは、生徒の良い回答、悪い回答、平均的な回答を一緒に考えてみることで、教員全員が何を目標とするのか大体の共通認識を持てます。もし可能なら、生徒の回答を録画して、具台的にどう評価するかを話し合う方法もあります。いずれもある程度時間を割く必要がありますが、その価値があると思います。
ゴードン:生徒の回答を録画、あるいは録音して、評価基準と照らし合わせながら、どのように評価するか、なぜその評価になるかを話し合う場合、「なぜ」の部分がとても大切です。評価の理由が理解されれば、全員で同じように評価する助けになります。評価の訓練を十分受けた者同士でも完全に一致することはありませんので、完璧にはならないのは承知しておいてください。でも、こうした評価の確認を定期的に行うことで、各教員による評価が近づいてきます。また、評価に対する理解が共有されれば、各教員が授業を行う際も同じ目標を持って指導することができます。