学習者を育てるためにテストを使う―波及効果の研究が示唆する指導と評価の一体化 “An introduction to learning-oriented language assessment”
渡部 良典 上智大学言語科学研究科 教授
2018年7月1日講演
■Learning oriented language assessment
今日の講演の副題を、Introduction to learning-oriented language ssessment(言語習得を促すための言語テスト)としました。ここには、テストを受けている最中にも学習者は学んでいるということを知らないといけないという意味を込めました。私たち教員はこのことを忘れがちです。最近のテスト関係の専門誌には“assessment for learning”,“formative assessment”などの言葉が使われています。“Formative(形成的評価)”というのは“assessing ability during the process of being formed”という意味を示し継続評価することです。最終的な成果を評価するために形成的評価の結果を生かす方法を”summative use of formative assessment(形成的評価の統括的評価的用法)”ということがあります。最終成績を出すにしても最後に一回テストをやるのではなく、継続して記録をとりながら、途中経過も考慮する方法のひとつです。たとえばポートフォリオ・アプローチがありますが、これは生徒が今まで書いていたもの、話してきた録音の記録を積み重ねておき、最後に学習者に最終的に一つ選ばせて提出させる方法です。ダイナミック・アセスメント(dynamic assessment)、これは正にテストを受ける活動自体が学習者にとっては学習の契機になっているのだということを前提とした評価方法です。
学習を促すテストのありかたの大切さに気付く刺激になったことのひとつにこんなエピソードがあります。大学の教員になって間もなくのことでした。ある英語の授業で紙版の TOEFL iTP の多肢選択式文法問題―誤りの訂正問題―を教材に使っていた時のことです。授業を受けていた学生からこんなコメントがあったのです。「僕には答えがわからないので、この形式の問題は困ります」と。理由を尋ねたところ、「間違いがどこにあるのかわからないので、間違った英語も全部正しい英語として習得してしまうんです」とのこと。なるほどテストを受験している最中も学生にとっては学習の機会なのだという気づきでした。目が開かれる思いでした。
■テストの波及効果の研究
学習を促すテスト(learning-oriented assessment)の考え方に至った指導実践をお話しましたが、ここからは研究との関連でお話ししたいと思います。テストの波及効果(washback effects)の研究成果についてです。テストがあれば、良い効果と悪い効果があります。評価があって、指導や学習があります。従って、評価の方法が変われば、あるいはその内容が変われば、指導や学習は変わるだろうと想定されます。このような見方を Cathie Burrows は波及効果の行動主義的な見方、つまり、刺激があれば反応があるという単元的な見方であると言っています。人間の行動はそれほど単純ではなく、これはテストの波及効果についても同様です。このテーマについて実証研究が始まってから20年ほどたちました。その嚆矢(こうし)となったのは Alderson & Wall(1993)で、テストのその効果について仮説を立てています。一つ目は「テストは指導に影響する」(”Tests will influence teaching”)という仮説。二つ目は「テストは学習に影響する」(”Tests will influence learning”)という仮説。これら一般的な仮説からさらに、テストが影響を与える対象を、指導内容、指導方法、指導の速度、学習内容、学習方法等々詳細にし、全部で15の仮説を立てました。入試の改革が現在進められていますが、このような仮説を検証する準備もないままに、入試を変えれば教育は変わるという期待がありますが、これはあまりにも楽観的に過ぎます。テストが悪いから、教育が悪いのだと。しかし、テストの質が良いのと、それを上手に使うのは全く別次元の問題であるというのがこの研究の大きな発見の一つです。
私は「テストは教師が何を、どのように教えるかに影響を及ぼす」という仮説を検証しました。A先生とB先生、二人の先生が、たとえば試験対策と、普通のコミュニカティブな授業を教えます。私が一週間授業観察し、許可を得て録音しデータを分析しました。検証したかったのは、テストの影響があれば、試験対策の授業はA先生もB先生も同じような教え方で同じ内容を教え、試験対策授業と通常の英語の授業が異なる、という仮説です。予備校の先生にもお願いしました。試験内容が大きく違う二つのC大学の入試とD大学の入試それぞれをE先生とF先生が教えていらっしゃるコースを観察記録させていただきました。C大学向け対策コースでも、D大学向け対策コースでもそれぞれのコースではE先生もF先生も同じように指導されるだろう、C大学向け対策コースとD大学向け対策コースの指導はお二人の先生とも大きく違うだろう、これが仮説です。質問回数、日本語の使用量、英語の使用量、先生の話す時間の長さ、生徒が話す時間の長さ、やりとりのパターン、先生が前にいる時間など、全部細かく記録して確認しました。