フォーラム登壇者の集合写真
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British Council Photo by Nariko Nakamura

「多様性」や「音楽」をきれいごとにしないために

2018年3月16日(金)カルッツかわさきで行われたフォーラムのテーマは、「Music for All -すべての人に音楽を」。アーツカウンシル・イングランドでダイバーシティ担当ディレクターを務めるアビド・フセイン氏の基調公演にはじまり、15日と同じくドレイク・ミュージックのプレゼンテーションが行われた。その後、日本の活動事例として、同じく楽器デザイナーの中西氏、NPO法人日本バリアフリー協会代表理事の貝谷嘉洋氏、東京交響楽団フランチャイズ事業本部の桐原美砂氏によるプレゼンテーションと続く。

そして後半は、登壇者全員と九州大学大学院芸術工学研究院准教授の中村美亜氏がモデレーターを務める、パネルディスカッション。エンパワメントや社会環境の変容を促すアート実践の研究を行いながら、ジェンダーやセクシュアリティに関する著作も多い中村氏。各登壇者の活動内容に切り込んでいくこのパネルディスカッションのなかで、最初に中村氏が投げかけた問いは、「多様性」の定義。この2日間の内容全てを内包するテーマこそが多様性であることを踏まえ、時系列は逆になるが、中村氏の視点を入り口に、フォーラムを紹介していければと思う。

マジョリティもマイノリティもないこの世界

「今日のフォーラムのテーマが“Music for All -すべての人に音楽を”ということで、登壇者の皆さんのお話は、最終的に音楽の素晴らしさにつながっていったと思うのですが、その上で私は“Music for All”について問い直すことをから始めたいと思います。日本でも最近、多様性という言葉があちこちで聞かれるようになりました。この多様性、日本ではまずマジョリティがあって、ほかに障害のある人、移民、LGBTといったマイノリティがいると考えられがちです。そしてどこかそのマジョリティのなかにマイノリティを取り込んでいこうというような意識を感じるのですが、その解釈は誤っていると思うんです。というのも、私たちはひとり一人、そもそも多様な存在だからです。加えて、一人の中にも多様な側面がある。例えば皆さんこの会場にいるときの表情とうちへ帰ったときの表情は違うでしょうし、性格も変わるはずです。そんな風に、私たちひとり一人が多様であると同時に、ひとり一人のなかにも多様性が溢れているわけなので、本来マジョリティもマイノリティもないわけです。音楽もまた同じく、さまざまな音楽があって良いわけですが、どうも社会はマジョリティと呼ばれる側の考え方で、障害のある人と音楽を共有しようとするところがある。でも、多様性を大切にしようとするなら、マジョリティとマイノリティの境界線や関係性を捉え直すところから始める必要があると思うんです。」

中村氏の視点から多様性の前提が明確になった上で、議論はここから積み重なっていく。

檀上の登壇者
フォーラムでモデレーターを務めた、九州大学大学院芸術工学研究院准教授の中村美亜氏。 ©

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檀上の登壇者2名
フォーラムで活動を紹介する、英国ドレイク・ミュージックのケレン・メイア氏(中央)とダレル・ビートン氏(左)。 ©

British Council Photo by Nariko Nakamura

ドレイク・ミュージックのダレル氏は言う。「マジョリティとマイノリティについて、英国ではメインストリーム(主流)という言葉を使います。ドレイク・ミュージックはこのメインストリームの中に、自分たちの活動をインクルーシブ(誰もが参加できるもの)にするという考え方をしています。そもそもドレイク・ミュージックにとってのインクルーシブとは“障壁を外す”ということです。それはメインストリームから何かを外す、奪うということではなく、さらに付加しながらより幅広いものにしていくイメージです。つまりテクノロジーも楽器の一部と捉えながら、音楽の新しい風景を作っているのです。」

障害とは社会の側が作るという概念が根底にある「社会モデル」を基盤としながら、ドレイク・ミュージックは障害のある人の立場を起点に音楽を作り、また一緒に共同する人たちもサポートでなく、共に新しい音楽を作るという意識を持っている。そんなドレイク・ミュージックの意識に対して中村氏は、「ひょっとすると数十年後、ドレイク・ミュージックが作った楽器や音楽がファインアート(芸術作品)として世界のスタンダードになる可能性だってあると思うんです」と話す。「多様性と音楽と言っても、こういう視点に立って見つめていかなければ、通り一遍のきれいごとになるのではないか、そう思うのです。文化からアートが生まれる一方で、アートから文化が生まれることだって多分にある。多様性を通じて、私たちは文化や音楽も捉え直す必要があるのではないでしょうか。」

多様性、ダイバーシティ。言葉に安住せずにつねに問い続けるその姿勢こそが、誰かを線引きすることなく、孤独にもしない。中村氏の話を聞きながらそう感じた。

フォーラムレポート後編に続く

編集・文:水島七恵