物理的なバリアと精神的なバリア
「障害のある当事者の立場からすると、まだまだ社会には厳然たるバリアがあって、そこを越えたいというのはつねにあるんです。“障害があっても、これだけできるってすごいね”という見かたではなく、その先を目指していきたい。そういう気持ちが根底にあった上で、15年前から障害のあるミュージシャンの音楽コンテスト『ゴールドコンサート』を始めました」。そう話すのは、筋ジストロフィーのため、現在24時間介助が必要な生活を送る貝谷氏だ。『ゴールドコンサート』は、デンマークのグリーンコンサートを見学して感銘を受けた貝谷氏が立ち上げ、現在年に一度のペースで行われている。全国の障害のあるミュージシャンから音源を募集し、審査。約100組の応募の中から10組を厳選した後、東京国際フォーラムで開催されるコンサートでグランプリを決めている。
「審査は音楽性、完成度の高さを重視していて、過去の出場者がメジャーデビューを果たすなど、レベルの高いコンテストとなっています。また会場では(アクセス面で)いろんな配慮を提供。前列5列すべて車いすで鑑賞できるようにして、手話通訳があり、ステージ中央のスクリーンではパソコン文字字幕が映っています。これらの合理的配慮は、今後、バリアフリーを進めていくための重要なキーワードになると思いながら整えています。」
合理的配慮は、まさにドレイクから挙がった「社会モデル」の話にもつながる。その上で貝谷氏は、物理的なバリアよりも精神的なバリアを外すことの方が難しいと話す。
「一般的に障害のある人は保護の必要がある人と思われがちです。できる能力がなかなか見られない。これは意識上のバリアで、その意識の深いところにあるものを変えるのは僕自身の経験上、非常に難しいのです。そういったなかで音楽は、変えるきっかけになる数少ない有効な手段だと思っています。優れた音楽イベントを障害のあるなしに関わらず見てもらうことで、障害に対する社会的意識を変えていく。それが『ゴールドコンサート』の目指すところです。」
テクノロジーの発展は、音楽体験を拡張させる
一方、貝谷氏とは別の立場から、「障害のある人の音楽への参加」を目指しているのは東京交響楽団の桐原氏だ。「私たちはプロのオーケストラとして、音楽を楽しみたいと思っている方たちすべてにあらゆる参加の仕組みを準備していく必要があると思っています。」
桐原氏が所属する東京交響楽団は1946年に設立。日本を代表する交響楽団としてこれまで国内外で公演を行い、現在は川崎市とフランチェイズ契約をむすび、年に数回、ミューザ川崎シンフォニーホールで定期公演を行なっている。また並行して福祉施設、病院、学校など市内各所で小編成のミニ・コンサートを開催。障害のあるなしに関わらずクラシック音楽に親しんでもらえるような活動を積極的に行っている。桐原氏はそんな東京交響楽団のなかで、アウトリーチを含むオーケストラのコミュニティ活動、音楽ワークショップなどの教育プログラムのコーディネートを担当。そのひとつの事例として、去る3月7日にミューザ川崎シンフォニーホールで行われた『ファンタスティック・オーケストラ』を挙げた。
「車椅子席の用意、ほじょ犬の入場可能、当日の曲目を点字で解説する点字プログラムとウェブで配信するデジタルプログラム、そして聴覚障害のある人に向けて、振動が身体に伝わる体感音響システムを準備しました。また、聴覚障害のある人に光と映像で音楽の物語性を感じてもらえるように、プロジェクション・マッピングを使った最新技術を採用。ストラヴィンスキーの『火の鳥』演奏時には、光と映像で会場をいっぱいにしました。音楽が介在することで、伝えたいこと、感じる世界が無限の広がりをみせることがありますが、なかでもテクノロジーの発展は、私たちの音楽体験を支え、また拡張してくれる大きな布石だと思います。」
そのテクノロジーを用いることで、新しい楽器のデザインをしている中西宣人氏は、日本とヨーロッパでの文化の違いについて語る。
「ドレイク・ミュージックのような実践自体もそうですが、日本では何らかの問題解決のために新しい楽器を作る、デザインするということ自体がまだまだ一般的ではないと僕自身では考えています。一方のヨーロッパは長く電子音楽の文化が浸透している背景もあって新しい楽器にまつわる実践や研究が幅広く行われてきました。日本でもドレイク・ミュージックが行っている実践や考え方を一般化していくために、楽器づくりのワークショップなどを行いながら、コミュニティをもっと広げて文化として成熟させていきたいと思います。」